「そんな噂、聞いたことが無いので、ひょっとして、何かの事情で髪を切った女性なのかもしれませんよ」
「にしてもさ、あのシモーヌじゃないのは確かだよな?」
 そう言うジョルジュは、少し誇らしげだった。
「だって、あいつは黒髪の巻き毛で、しかも長いんだから」
「まぁ、そうですが……だとしたら、誰なんでしょうね?」
 まだ首を傾げながらそう言うマルクに、ジョルジュは何故か勝ち誇った表情で続けた。
「誰でもいいじゃんか、兄貴。とにかく、あいつはバートにフラレた。それは、確かなんだしさ」
「そう……ですね……」
 そう言いながらも、マルクはまだ首を傾げていた。
「何だよ? 兄貴は、俺の言うことを信じないのか!」
 ムッとした表情でジョルジュがそう言うと、マルクは首を横に振った。
「信じますよ! 他の皆が信じなくても、私はジョルジュの言うことを信じます。今までもそうだったでしょう?」
 その答えに、ジョルジュはぷいと横を向いた。不器用で、素直ではない彼なりの肯定の返事だったのかもしれない。
「でも、一体、誰なんだろうと思ったんですよ。ディアーヌも金髪ですが、どちらかというと銀のようですし、肩より少し下まではありますし、彼女にはいますからね、恋人が」
「フン、どうせ、その辺の売春宿で知り合ったんじゃねぇの?」
 ジョルジュのその言葉に、マルクは目を丸くしながら首を横に振った。
「ジョルジュ、売春宿と言うのは普通、女性を売り物にしている所ですよ。少年を仲介するなどと、聞いたことがありません」
「だから、そういう所の近くでひっかけて来たんじゃねぇの?」
 そう言う弟の顔を、マルクはまじまじと見つめた。
「な、何だよ?」
「ジョルジュはそういう所に行ったことがあるのですか?」
 冷ややかにそう尋ねる兄に、弟は顔を赤くしてむこうを向いた。
「そ、そりゃ、あるさ!」
「そうですか? そうは思えないんですがね。本当に行ったことがあるのなら、どういう雰囲気の所なのか、分かるはずですから……」
「ど、どういう雰囲気って……」
「女の売春婦の商売の邪魔をするような者が入っていけるような所では無い、ということです」
 その言葉に、ジョルジュは目を丸くした。
「あ、兄貴はその……行ったこと……」
「ありますよ」
 間髪いれずにはっきりそう答える兄に、弟はまじまじとその顔を見詰めた。