「あの……お幸せに」
 そしてそれだけ言うと、そこから足早に立ち去ったのだった。
「あらまぁ……。何を勘違いしてるのかしら」
 そんな彼の東洋人にしては背の高い後姿を見送りながらシモーヌがそう呟くと、バートが馬車に乗り込みながら手を出した。
「さぁ、早く」
「はい」
 そう答えながら、彼女は思った。この人が、本当にヨウジイの思っているような感情を自分に向けてくれればいいのに、と。

 その頃、ジョルジュは兄と共に住んでいる小さな家の2階に戻っていた。
「兄貴!」
 そう叫びながらドアを乱暴に開けると、ベッドからはみ出る程の長身の男が眠そうに目をこすりながらそちらを見た。
「何ですか、ジョルジュ? 朝っぱらから……。昨日は、お前も遅かっただろうに……」
「寝てねーよ」
 うつむいて、小さめの声でそう言う弟に、マルクは目を丸くして彼を見た。
 どうやら、驚きで目もちゃんと醒めたらしい。
「まさか、あれからずっと呑んで……」
「うん……」
 そう答える彼の顔が少し赤かったのは、まだ少し酔いが残っていたからではなかったのだろう。
「それでさ、結局、あの宿屋のバーに戻っちまったんだ。そしたら、さっき、黒ずくめの東洋人の男が来て、バートを呼べっていうから、呼びに行ったんだ。そしたら……」
 そう言うと、ジョルジュはまだベッドに腰を下ろしている兄に近付き、小声で続けた。
「いたんだよ」
「彼女が、ですか?」
「いや、別の男が」
「男?」
 思わず聞き返すマルクの声も上ずっていた。
「あの、ジョルジュ、それは何かの間違いでは?」
 すっかり目が醒めたマルクは、上半身裸のまま、目を白黒させながら、ゆっくりそう尋ねた。
「いや、マジだって、兄貴! 俺も驚いたんだから! バートを起こしに行ったら、ベッドに金髪の男だぜ?」
「金髪の男?」
「ありゃ、まだ16~7ってとこだな。短い金髪が毛布から見えただけだけどよ……」
「それで、男と?」
「あれだけ短い髪は、間違いなく男だと思うぜ?」
「そう……ですか?」
 首を傾げながらそう尋ねるマルクの声は、少しまだ上ずっていた。