「ありがとうございます」
 ついたて越しに彼女がそう言うと、バートは微笑んだ。
「そんなにかしこまらなくたっていいんだぜ? そういう仲じゃないだろ、もう」
「そ、そういうものですか?」
「本当に初めてだったんだなぁ」
「そう言いました!」
 そう言うと、シモーヌはバートのシャツの上にマントを羽織って出て来たが、顔は真っ赤だった。
「そうだったな。よしよし」
 シモーヌより少しだけ背の高いバートはそう言うと、身長の割に精神的にはまだ幼い少女の頭を撫でた。
「もう、そんな態度をとるのなら、昨日のこと、バラしちゃいますよ?」
「俺はいいけど、お前が困らないのか?」
 昨日までは「君」だったのが、いつの間にか「お前」になっていた。それに気付いたシモーヌは、益々顔を赤くし、耳まで真っ赤になったが、バートは気付かないのか、それともわざとなのか、その手を掴んだ。
「あんまり待たせちゃ悪いからな。もう行くぞ」
「は、はい……」
 そう答えながら、チラリとバートの顔を見たシモーヌは思った。
 「そういう仲」って、そういう関係になったってことで、恋人同士って訳じゃないよね、きっと……。やっぱり、まだ子供扱いされてるみたいだし、大人の男の人って、難しいわ……。
シモーヌが地毛の金髪にフードを目深に被り、バートと共に階下に降りて行くと、フロントにも小さいバーの様になっているフロアにも、もう人はいなかった。
 大丈夫……よね?
 そんなフロアを見て、シモーヌは心の中でそう呟いたが、外に出るとあまり大丈夫ではなかったらしい。
「お、お嬢様! まさか、ずっと一緒にいらしたのですか?」
 フードを目深に被っていても、その声の調子から、ヨウジイがかなり動揺しているのが分かった。
「そっか。こっちもあったか……」
 その動揺ぶりにバートが思わず苦笑すると、シモーヌは唇に指を当て、静かにするように言った。
「せっかく顔が分からないようにしているのに、そんなに大声を出しては駄目でしょう」
 ヨウジイにそっと近付き、そう言う彼女に、彼はフードの下からでも分かるような泣きそうな表情で言った。勿論、声を落として。
「当座のお金はこの中に入っています。身分を隠す為にも、あまり無い方がいいだろうとの仰せでしたので、そんなにありませんが……」
「それでいいわ」
「あの……お戻りになられましたら、一度、お屋敷の方にも顔を出すようにとのことでございました」
「分かったわ」
「それから……」
「まだあるの?」
「いえ……」
 ヨウジイはそう言うと、視線を落とした。