「じゃあ、元気出さないとな」
 そう小さな声で言った弟の頭を、兄はその大きな手で何度も撫でた。
「何だよ、兄貴! もう子供じゃねぇんだから、そういうのはやめてくれよ!」
「ああ、すまない、ジョルジュ」
 そう言うと、兄は慌てて弟の頭からその手をのけたが、それでも嬉しそうな表情だけは変わらなかった。
「つい、嬉しくて……な。ちゃんと他の人のことにまで気を配れるようになったから」
「親父くさっ!」
 ジョルジュのその言葉は酷かったが、顔は耳まで真っ赤になっているところを見ると、照れ隠しのようだった。長年一緒にいて、早くに亡くなった父の代わりにずっと面倒を見てきたマルクにも、無論、それは分かっていたようで、彼は嬉しそうに笑うと、再び弟の頭をぐしゃっと撫でた。
「もう、だから、それはやめろって!」
「はいはい、今度から止めますよ」
「今度って、兄貴……!」
 ジョルジュはそう言うと、まだ赤い顔でふくれっ面のまま、尋ねた。
「どうすんだよ、これから?」
「これから、ですか? とりあえずは、何か奢りますよ。ジョルジュが精神的にも成長したお祝いですからね」
 満面に笑みを浮かべながらそう言う兄に、弟はまだ少し赤い顔のまま、口を尖らせた。
「違うだろ! あの二人のことだよ! その……認めるとなったら、兄貴も失恋だろ? 大丈夫なのかよ?」
「まぁ、二人がうまくいって、幸せになってくれるのなら、それでいいですよ。今の私にとっては、失恋の痛手よりもジョルジュの成長の方が嬉しいですしね」
 そう言って笑いかける兄の顔を見て、弟は苦笑した。
「それならいいんだけどよ……。何だ、そんなもんだったのか。兄貴の気持ちって……。心配して損したぜ」
 最後の方の言葉は、ほとんど独り言のような呟きで、聞き取れるか聞き取れないか微妙なところだった。だからだろうか。満面に笑みを浮かべたまま、まだ弟の頭を撫でる兄には聞こえていないと、弟が思ったのは。
 ジョルジュ……本当の大人というものは、自分が傷ついたことすら、周囲の人間に気付かれないようにする者だと思います。だから、私は……。明日から、普通に二人に接することが出来るよう、努力しないといけませんね。
 そう心の中で呟いたマルクは、油断したのか、溜息をついてしまった。
「兄貴?」
 それに気付いた弟が、心配そうな表情で兄を見た。
「何でもないですよ。本当に他の人のことにまで、よく気がつくようになりましたね」
 マルクが微笑んでそう言い、再び頭を撫でたので、ジョルジュはふと感じた不安を心から消してしまった。この兄に限って、ある訳が無い。彼女のことを想い、溜息をついただなんて……と。
「俺、頑張って、兄貴にもう心配かけないようにするから、兄貴もいい奴がいたら、とっととくっついちまえよ!」
「そうですね。いい縁があることを期待しましょう」
 バートの様に……。
 マルクは心の中でそう呟くと、目を伏せた。