「待ちなさい、ジョルジュ!」
 その頃、彼らが実は心配していた兄弟二人は、その宿屋の傍の路地にいた。勿論、追い駆けているのがマルクで、不機嫌そうな表情のまま、逃げているのが弟のジョルジュだった。
「くそ! くそ、くそ、くそっ!」
 兄が追い駆けてきているのは分かっているものの、感情をうまく抑えられないジョルジュは、そう叫びながら何度も壁を叩いた。
「ジョルジュ、もうやめなさい! 血が出ているではないですか!」
 そう言うと、兄は弟の拳を自分の大きな手で包み込みながら、手当を始めた。
「何で……何で俺じゃないんだよっ!」
 大人しく手当てを受けながらも、ジョルジュの目から涙は溢れ続け、彼は兄から目を背けながらそう言っていた。
「だから、あれほど、自分を律しろと言ってきたでしょう。もし、あの時、必要以上に彼女を追い詰めていなければ、こんな結果にならなかったかもしれないのに……」
「もう……遅いんだよな……」
 そう言うと、ジョルジュは手当する必要の無い方の手で、涙を拭った。
「そうですよ。悲しいですが、ここは諦めましょう」
「……嫌だ……」
「ジョルジュ、聞きわけの無いことを言うと、怒りますよ!」
「じゃあ、聞くけど、兄貴は平気なのかよ?」
 真っ直ぐ兄の目を見詰めながらジョルジュがそう尋ねると、彼の手を手当していたマルクの手が止まった。
「正直言って、全く平気という訳ではありません……」
「だろ!」
 大きく目を見開いてジョルジュがそう言うと、マルクはそんな弟の目をじっと見詰めて言った。
「だからといって、二人の邪魔をしようなどとは思いませんよ。私は、大人ですからね」
 釘を刺されたジョルジュは、困った表情で視線を左右に動かしていたが、やがてゆっくりこう言った。
「俺だって……俺だって、あのバートが相手なら、しょうがないかとは思うよ。あいつは良い奴だし、幸せになったっておかしくないって思ってたから……」
「ええ。妹さんが亡くなった時は、見ていられない程でしたからね」
 マルクが大きく頷きながらそう言うと、ジョルジュはチラリと彼を見た。
「兄貴もやっぱ同じなのかよ?」
「え?」
「兄貴も俺を育ててくれたみたいなもんだろ? だから、その……」
「ジョルジュに何かあったら、悲しんだり、落ち込んだりするでしょうね」
 マルクがそう言ってニコリと微笑むと、ジョルジュは頭を掻いた。