傭兵だけでなく、近所の男達も集まってくる例の酒場近くの宿屋。その二階で、バートは横になっていた。
 肋骨にヒビが入ったらしいので、胸に包帯を巻き、半身を起して、大きなクッションのような枕にもたれかかって、目を閉じていた。
 コンコン。
「開いてるよ」
 そんな時、木のドアがノックされ、バートが目を開けてそう答えると、見知らぬ東洋人の男が中に入って来た。
 カレンの恋人のヨシマサと違って、目が細いその男は、ゆっくりドアを開けると、周囲を窺いながら中に入って来た。
「他には、誰もいないぜ。シモーヌも、だけどな」
 枕に上半身をもたれさせたままのバートがそう言うと、東洋人のその男は苦笑し、そっとドアを閉めた。
 下で酔っ払った傭兵仲間や商人がいるのか、少し騒がしかったのもかなり聞こえなくなり、静かになる。
「そうですか。お嬢様は、何時お戻りになられるのですか? いえ、その前に、一緒に暮らしてらっしゃるのですか? その、お嬢様と……」
 目を伏せて、遠慮がちにそう尋ねる東洋人の男に、バートは人の好い笑みを浮かべた。
「心配しなくても、大丈夫だって。俺とあんたの大事なお嬢様は、同棲なんかしてないよ」
「そ、そうでしたか! これは、大変失礼致しました!」
 明らかにホッとした表情になり、安心したからか、少し顔まで赤くさせた男はそう言うと、ペコリと頭を下げた。
「いいって、いいって。よっぽど、大事なお姫様なんだろ? あんなに真っ直ぐに育ってるしな」
「ええ、そうなんです。本当にお嬢様は、旦那様に似て、お美しい上に御聡明で勇敢な上にお優しくて、非の打ちどころの無い方なんです」
 頬を上気させながら、それはもう嬉しそうにそう言う彼に、バートはニヤリとした。
「あんた、あの子に惚れてるな?」
「え! そんな、とんでもない!」
 耳まで真っ赤にさせて、ブルブル何度も首を横に振る男は、どう見てもシモーヌより10歳は上で、バートと年が変わらないように見えたが、そんな態度をとっているところを見ると、少年のようにも見えた。
「私がお嬢様に想いを寄せるだなんて、そんな、とんでもないです! 第一、釣り合いません! 私はお嬢様よりかなり年上ですし、それに東の国から流れて来た身。リッシモン様に拾って頂かなければ、どうなっていたことか……」
「リッシモン?」
 どこかで聞いたような名前に、バートは思わず聞き返した。
「あれ? まだお嬢様から何もお聞きになってらっしゃらなかったのですか?」
「シモーヌって名前と、あの栗毛の綺麗な馬が大事な人からのプレゼントだってこと位しか知らないよ」
「そう……なのですか?」
 東洋人の男はそう言うと、少し目を丸くしたままで、じろじろとバートの姿を見詰めた。
 どうやら、そんなよく知らない少女を庇って怪我をしたのかとでも言いたげだった。