「大丈夫よ」
 マルグリットはそう言いながら椅子に座ると、溜息をついた。
「まだイギリスとの戦いが続いていて、いつ死んでもおかしくないのです。それ位の子供でも、相手を早く見つけようとするのでしょう。それが、領主となれば、なおのこと」
「それにしたって……」
 マルグリットはそう言うと、頭を抱えながら溜息をついた。
「そんな話を聞かされて、よく平気ね、シモーヌ?」
「母上……ジャンヌ様より、殿方はどうしようもないものだとお聞きしておりますから……。それに、私が怒ってしまうと、赤ちゃんにもよくありませんし……」
 そう言うと、シモーヌは愛しげに大きく張っているおなかをさすった。
「そうね……。そういうことも考えて、ジャンヌ様は此処で産むようにと貴女を寄越されたのね」
「はい。父上からは、丁度良い機会なので、名も変えるようにと言われました」
「名前を? 何故?」
 マルグリットが目を丸くすると、シモーヌは思わず目を伏せた。
「それが、その……実の父の頼みのようでして……」
「それって、確かジャン5世のことよね? ブルターニュ公の」
「はい……」
「最近は病気がちだとお聞きしているけど?」
「はい。だからだそうです」
 そう言うシモーヌは、益々困った表情になっていた。
「まさか、戻って来い、とか?」
「いえ、逆です。父上……アルテュール様の血筋とはっきり分かるように、あちらの侍女には居ない名に変えて欲しいとのことだそうです」
「まぁ……」
 マルグリットは目を大きく見開いてそう言うと、少し遠慮がちに尋ねた。
「それで、具体的には何という名にしろと言ってきたの?」
「ジャクリーヌというのはどうかと……」
「そうねぇ……。まぁ、私に言わせれば、どっちも同じ様なものだけど、マルジーのジャンヌ様にはもうお伝えしたの?」
「はい。構わぬ、とも仰せでした。私自身には、何も変わる所は無いのだから、と」
 そのシモーヌの言葉に、マルグリットは大きく頷くと、微笑んだ。
「流石、苦労されている方は、おっしゃることが違うわね! 本当にその通りよ! 貴女自身は何も変わらないのだし、血が繋がっていなくても、可愛い私の娘には違いないわ。だから、安心なさい」
「ありがとうございます!」
 シモーヌがホッとした表情でそう言った時だった。