「メーヌ伯……?」
 聞き慣れないその名に、ラ・イールが思わずその名を繰り返すと、ヨランドは微笑んだ。
「シャルル・ド・メーヌ(Charles du Maine)。マリー王妃の弟君ですよ」
 その言葉に、ラ・イールとジャン・ド・デュノワは顔を見合わせた。
「ということは、ヨランド様の……」
 今回もラ・イールより先にジャンがそう言いかけると、彼女は頷きながら微笑んだ。
「ええ。私の三男です」
「ひょっとして、まだお若いのではありませんか?」
 そう尋ねたのは、今年で41歳になるラ・イールだった。
「ええ。まだ17歳になるかならぬ位ですが、そういう若者ならば、教育のしがいがあるでしょう?」
 ヨランドは二人を見ながらそう言うと、すぐ傍のアルテュールを見て頷いた。
 傍らに控えるアルテュールは、長身でまだまだ美男子だったが、今年で38歳だった。そして、メーヌ伯とマリー王妃の母たるヨランドは、既に47歳になっていた。
「まぁ、そういうことでしたら、私は……」
 頷きながらそう言うジャンの横で、ラ・イールはいきなり跪いたかと思うと、よく響く声で言った。
「このラ・イールこと、エティエンヌ・ド・ヴィニョル、ヨランド様の仰せに従うことをお誓い致します!」
 その様子に苦笑しながらも、ジャンもすぐ横で跪いた。
「私もお誓い致します」
「お願いしましたよ、二人とも」
 ヨランドは満足げに頷くと、そう言った。

 そして、それから間もなく、その言葉通り、ヨランドとアルテュールは、ラ・トレムイユを捕らえて幽閉し、新しく国王の侍従には、先程話に出たメーヌ伯シャルルが就任し、アルテュールも大元帥の座に返り咲いたのだった――。

「おめでとうございます、母上。父上が大元帥に返り咲かれたこと、心よりお喜び申し上げます」
 ブルターニュのリッシモン邸を訪れると、シモーヌはそう言いながらマルグリットにお辞儀をした。
「ふふ、私はそれより兄上と陛下が和解されることの方が嬉しいのだけれどね」
 マルグリットはそう言うと、シモーヌをゆっくり居間に通した。
「ああ、それも夫より聞いております。早く実現するとよいですね」
「ええ」
 マルグリットはそう返事をしながら、屋敷の中をウロウロする兵卒をチラリと見て、居間のドアを閉めた。