「ラ・イール殿、今はそういう話をしている場合ではなかろう?」
 そんな彼をたしなめたのは、ジャン・ド・デュノワだった。
 彼はそう言うと、再びヨランドにうやうやしくお辞儀をした。
「それで、我々がお力になれることとは何でしょうか?」
「ラ・トレムイユを捕らえるのです」
 ヨランド・タラゴンのその言葉に、思わずラ・イールとジャンは顔を見合わせた。
 そんな二人に、ヨランドは続けた。
「まさか二人とも、フランスの宮廷が今のままで良いとは思っているのですか? いつまでもあの乙女をただ見殺しにした、と言われ続けたいのですか?」
「いえ、それは………」
 ラ・イールが困った表情でそう言うと、ジャンが尋ねた。
「それは勿論良くありませんが、具体的にどのような罪で捕らえられるおつもりなのですか?」
「陛下を良くない方向に導いた罪で充分でしょう」
「そ、それは、確かに……」
 単純で、直情的なラ・イールがそう言って頷く横で、ジャンは難しい表情になった。
「それだけで、果たして宮廷が変わるものでしょうか? 乙女を見殺しにいたという事実は、いくら陛下の侍従を失脚させたとて、変わらぬと思いますが……」
「陛下はちゃんと動かれていたのだよ、デュノワ殿」
 そう言ったのは、アルテュールだった。
「まことですか?」
「ああ。各地に放っておいた密偵から知らせがあってな、ブルゴーニュ公に使いを出されていたというのが分かったのだ。乙女をイギリスに引き渡すのならば、陛下が捕らえておいでの公の部下も、乙女と同じ目に合わせる、とな」
「何と!」
 ラ・イールとジャンは、同時に驚きの声をあげた。
「流石は陛下だ! それでこそ、身命を賭してお仕えする甲斐があるというもの!」
 嬉しそうに顔を紅潮させてそう言うラ・イールをチラリと見ると、ジャンは尋ねた。
「では、その件でラ・トレムイユを責めるとして、誰を後任に推挙されるおつもりなのですか?」
「メーヌ伯シャルルを」
 その名に、ジャンとラ・イールは再び顔を見合わせた。