「王は何をお考えなのだ、まったく!」
 ジャンヌ・ダルクをルーアンの城から救出しようとして、逆に捕らえられてしまったラ・イールこと、エティエンヌ・ヴィニョル Etienne de Vignollesはそう言うと、少し白いものが増えた頭を左右に振った。
 しばらく捕らわれの身だったからか、顔の形もシャープになり、より精悍になったように見えたが、直情的な性格だけは変わっていないようだった。
「まったくだ! 敵であったはずのイギリス人でさえその死に涙したというのに、何故陛下はこの期に及んでも動かれぬのだ!」
 そう言ったのは、ジャンヌ・ダルクとオルレアンで共に戦い、それ以降、彼女の信奉者となったジャン・ド・デュノワ Jean de Dunnois だった。
 彼は後に「デュノワ伯」と呼ばれるようになるが、この頃はジャンヌと出会った頃と同じ「オルレアンの私生児 batard d'Orleans)が一般的な呼び名であった。(当時、私生児batard には侮蔑的な意味合いは無かったらしい)
「本当にあの坊やは意気地がないのだから! 自分をちゃんと戴冠させ、フランスを1つにまとめた功労者を見殺しにするだなんて、どういうつもりなのかしらね!」
 そう言いながら二人のいるサロンに入って来たのは、ふくよかで上品そうな女性だった。
 ラ・イールとオルレアンの私生児はその女性を見ると、うやうやしくお辞儀をした。
「これは、ヨランド様、ご機嫌うるわしゅう……」
 オルレアンの私生児、ジャン・ド・デュノワがラ・イールより早くそう挨拶をしようとすると、フランス王シャルル7世の義理の母は、手でそれを制した。
「結構。うるわしくなどありませんから」
「は、はぁ……」
 ジャンが困った表情になると、王の義理の母、ヨランド・タラゴンの後ろに控えていた長身の青年が苦笑した。
「ヨランド様、そういじめられずともよいではありませんか。二人とも、我らの大事な戦力となるのですから」
 聞き覚えのある凛としたその声に、二人が声の方を見ると、そこではアルテュール・ド・リッシモンがにこやかに微笑んでいた。
「大元帥(connetable de France)!」
 懐かしい顔を見て、ラ・イールが嬉しそうにそう叫ぶと、彼は苦笑しながらそれを制した。
「気が早いぞ、ラ・イール。私はまだ大元帥に戻ったわけではないのだからな」
「大丈夫です。リッシモン様なら、すぐに戻れますって! それに、俺はリッシモン様の下でしか働くつもりはありませんし」
 そう言ってニカッと笑うラ・イールに、アルテュールも微笑んだ。その言葉に偽りは無いと分かったので。