「何をしておる! その娘は火刑と決まったのだ! 早く火をつけんか!」
 そこに、ピエール・コーションの怒鳴り声が響いた。
 その言葉に、人々は思わず非難の眼差しで彼を見たが、逆に彼は周囲を睨みつけた。
「まったくもって、けしからん!」
 ――などと言いながら。
 それが効いたのか、誰も彼には逆らわず、ジャンヌを火刑台に縛り付けると、薪に火がつけられた。
「イエス様、イエス様! マリア様! どうか私をお救い下さい! 愚かな私をお助け下さい! どうか、どうか、イエス様! イエス様、イエス様――!」
 ジャンヌのその一途な祈りは、業火と化した炎によってかき消されてしまい、それからすぐに何も聞こえなくなってしまった。
「あ……ああ!」
 オルレアンの乙女と呼ばれた少女がとうとう死んでしまったかと人々が思った時、一番近くにいた死刑執行人ジョフロワ・テラージュがそう言いながら、炎を指さした。
 もう既にその真ん中のしばりつけられた少女は何も言葉を発しはせず、影もぼんやりとしているだけだったが、彼が指さしたのは、炎の上の部分だった。
 そこには、きらりと輝く光と共に舞い上がろうとする人の形が見えたのだった。ほんの数秒で、単に炎が風によって舞い上がっただけだったのかもしれないが、そこにいた人々は、少女の清い魂が天使によって天界に導かれるように見えたのだった。
「聖女だったんだ……。やっぱり……」
 空高く舞い上がる火の粉を見ながらジョフロワがそう呟くと、少し離れた所でピエール・コーションがフンと鼻で笑った。
「ただの火の粉だ。見間違いにすぎん! ……でもまぁ、これで終わったわ」
 そう言うと、彼は口の端に笑いを浮かべて、そこを後にしたのだった。
 
 ――これ以降、彼の足跡は途絶えてしまっている。まるで、ジャンヌ・ダルクを火刑にすることだけが彼の役目だったかのように。

「し、修道士様ぁ……」
 火刑が終わると、ジャンヌの灰はセーヌ河にまかれたが、その後すぐに、先程の死刑執行人ジョフロワ・テラージュがドミニコ会修道士が訪れていた。ふらつく足で。
「どうした?」
 涙をボロボロ流し、ブルブル震えながらそう呼びかける赤ら顔の小柄な男に、イザンバール・ド・ラ・ピエール修道士が話しかけると、彼は跪いた。
「わ、わしは地獄に落ちるんでしょうか? もう助かる道などありゃせんのでしょうか?」
 そう言って修道士の手にすがりついて泣く彼に、イザンバールは尋ねた。
「何故、そう思う?」
「だって! わしはあの聖女様を焼き殺してしまったんですぜ! わしはもう……もう!」
 そう言って号泣する彼の頭を修道士は優しく撫でた。