5月28日、アルテュール・ド・リッシモンが言っていた「異端再犯審理」が始まった。
 中での様子は分からないが、牢内での尋問が終わり、出てきたピエール・コーションが周囲のイギリス人に対し、笑いながら大声で言った言葉を、後にドミニコ会修道士マルタン・ラドニュが証言している。
『うまくいきました。いい顔をして下さいよ。一件落着です』
 ピエール以外の聖職者には、この時の彼の頭に角が生えているように見えたかもしれない。

 翌29日には、陪席判事達が召集され、最後の審議が行われた。
「もう一度ジャンヌの前で悔悛の誓約書を読み上げ、本人に確認すべきだ」
 その場に居た3人以外の全員がそう主張しても、ピエール・コーションはそれを無視した。
「この娘が異端再犯者であることは確定だ。よって、明朝、火刑に処す」
 そう言ってニヤリとするピエール・コーションに、周囲の者は皆、顔を見合わせた。昨日、本人に確認することに同意しなかった3人でさえも。
「本当にこのようなことをしてよいのか? 神はお怒りにならないのか?」
 そう呟いた者さえいたというのに、ピエールは一人、悦にいっていたのだった。

 翌日、1431年5月30日水曜日は、朝から人々の心は晴れなかった。
 火刑台が設置されたヴィユ・マルシェ広場では、既にすすり泣きも聞こえていた。
「司教様、私はあなたの為に死ぬのです!」
 その火刑台に連れて行かれる前、ジャンヌ・ダルクはそう叫んでピエール・コーションを睨みつけたが、彼は動じるどころか、鼻でフンとせせら笑った。
 どうせこの女はじきに死ぬのだ。何を叫んだところで、その事実は変わりはせぬわ!
 勝ち誇った顔の彼の横から、一人の修道士が進み出、目に涙を溜めたジャンヌの前に立った。
「ジャンヌ……」
 ジャン・ド・リュクサンブールの元で捕らわれの身となってから、ジャンヌ・ダルクはほとんど「乙女 la Pucelle」とは呼ばれず、名前で呼ばれるようになっていた。
「修道士様、告解を……」
 目にいっぱい涙がたまっているというのに、それを拭うこともせず、真っ直ぐマルタン・ラドニュ修道士を見ると、彼女はそう言った。
「分かった」
 彼が彼女の前に立って頷くと、ジャンヌは目をつぶり、跪いて祈りのポーズをとった。
「どうして、あんな敬虔な少女を火刑になど……」
 広場に集まってきた群衆の中の一人が思わずそう呟くと、ピエール・コーションは声のした方を睨みつけたが、流石に誰が言ったかまでは分からなかった。