「あの……本当に母上の体調はよろしいのですか? 此処まで休まずに来られたのでしょう?」
 それでも心配だったシモーヌは、ベッドに横になったままで、意外と元気そうなマルグリットにそう尋ねた。
「そうなんだけれどね、意外とこれが平気なのよ。ねぇ、あなた」
 マルグリットがそう言いながら横のアルテュールを見ると、彼は苦笑しながら孫に手を伸ばした。
「そうかもしれないが、もうそれ位にして休みなさい。そなたの場合、いつ調子が悪くなるとも限らんのだからな」
 そう言いながら妻の手から赤ん坊を奪い取ったアルテュールは、金色の巻き毛に白いものがかなり混じり始めたとはいえ、まだ逞しく、背の高い美青年で、年もまだ37歳で、「祖父」というには少し早い気がした。
「まぁ、そんなことをおっしゃって、本当はその子をお抱きになりたいだけなのではなくて?」
「私は、子供は苦手だ」
 アルテュールはそう言うと、その言葉通り、近くに居た、ピエールの両親が手配した乳母に赤ん坊を渡したのだった。
「まぁ、こんなに立派な娘がいるというのに?」
「こいつは、そんなに手間をかけなかったからな。それに……」
『乳が要らなくなる少し前にうちに来たから』と言いそうになって、アルテュールは口をつぐんだ。
「それに……何ですの?」
 だが、そうとは知らないマルグリットは、夫の顔を覗き込みながら、無邪気にそう尋ねた。
「お前も居たではないか」
 妻に咄嗟にそういうと、アルテュールはコホンと咳払いをしてむこうを向いた。少し赤い顔で。
「まぁ、あなたってば!」
 マルグリットは夫の言葉とその反応に、頬を少し赤く染めて微笑んだ。
「まぁ、お二人共、私がいない方が仲がおよろしいのですね。そういうことでしたら、もっと早くにおっしゃって下さればよかったのに!」
 そんな二人を交互に見ながらシモーヌがそう言うと、アルテュールとマルグリットは顔を見合わせて同時に首を横に振った。
「いや、違うのだ!」
「そうよ! 貴女が居なくなって、お屋敷中が火が消えてしまったみたいになってしまったので、仕方なく、よ」
「し、仕方なく……」
 その言葉に、思わずアルテュールの顔が引きつった。
 あまり見たことのない父のその表情に、思わず笑い出すシモーヌ。
「な、何だ、お前まで!」
 その反応に、珍しくアルテュールが赤い顔で抗議すると、シモーヌは笑いながら答えた。
「だって、父上のそんなお顔、見たことがなかったんですもの!」