「私は、今のままで幸せでございますから! 愛する旦那様の子を身籠れただけで、充分……」
「愛する……」
 その言葉を繰り返すピエールの頬はあっという間に赤くなり、視線は熱くシモーヌを見詰めていた。
 どうやら、妻からその言葉をはっきり聞いたのは、それが生まれて初めてのようだった。
「で、では、その、私の思いはお前に……」
「世界一大切な旦那様に、私の為に無茶はして欲しくありません。この想い、ちゃんとお分かり頂けましたか?」
「あ、ああ……。だが、あの乙女のことは、心配なのであろう?」
「ええ、それは……」
 そう答えると、シモーヌは視線を逸らした。
「だって、私と年が変わらないのですよ。私がこんなに幸せでいるというのに、彼女は捕らえられていると聞いて、気分が良い者などいはしないでしょう」
「そうだろうな……。侍女や厩(うまや)番ですら話をする位だし、まして、裁判ともなれば……」
「裁判?」
 夫の言葉に、シモーヌは目を丸くしながらその言葉を繰り返した。
「あ、いや、その……」
「身代金をかけられるのならともかく、裁判にかけられているのですか?」
「う、うむ……」
 そう答えながらもむこうを向く夫に、妻の顔は見る見るうちに青ざめていった。
「何故、そのようなことに……」
「それは当然であろう。その者は貴族ではない故に、身代金などとろうと思っても、さしたる金額を出そうという者とて、いない。なのに、フランスの戦いの象徴だ。イギリスにとっては、目の上のたんこぶでしかない。そのような者をイギリスが放っておくと思うか?」
「それは……そうですが……」
 シモーヌも、頭では分かっていた。イギリス側がそんな対応に出るのは、至極当然のことだ、と。
 だが、心が、そして体が、ついていかなかった。
 グラリと視界が大きく揺れたかと思うと、夫ピエールが何かを叫び姿が目に入ったが、何故か何を言ってるのかまでは聞き取れなかった。
 そして、視界が段々暗くなっていったのだった。
「シモーヌ! しっかりしろ、シモーヌ!」
 目の前で倒れ、気を失った妻に、夫はその妻にも負けぬ程青い顔で駆け寄り、叫んでいた。