「案ずるでない。私は、お前の夫だ。お前がそこまで望むのならば、ブルゴーニュ公にとて、かけあってみよう」
「……え……?」
 一瞬、シモーヌは夫が何を言っているのか、分からなかった。
 ブルゴーニュ公……? どうしていきなり公の名前が出てくるの?
 そう思いながら彼女は目を丸くしていたが、バートの話ではないと分かったからか、その頬には少し赤みがさしてきていた。
「オルレアンの乙女のことが心配なのであろう?」
 その言葉に、シモーヌは大きく目を見開き、やがて視線を逸らした。
 それで、ブルゴーニュ公のお名前が出たのね。私は、彼女のことなんて、すっかり忘れていたというのに……。
 そう思った彼女は、罪悪感で胸が締め付けられ、そんな純粋で優しい女だと思っている夫の目をまともに見れなかった。
「だから、お前は心配せずともよいと申しておる! 私は、お前の味方だ。何があってもな!」
 自分の方を見もせず、暗い顔をしてうつむいている妻の顎を、ピエールはそう言いながら自分の方に向けた。
 じわりとその目に涙が溢れ、彼は妻を優しく抱きしめた。
「ブルゴーニュ公に最悪の事態だけは避けて頂くよう、お願いする。だから、お前はもう心配するな」
「だ……駄目です、ピエール様!」
 シモーヌはそう言うと、夫の腕から逃れた。
「何故だ?」
 顔をしかめながらそう尋ねる夫に、妻は真っ直ぐその目を見ながら答えた。
「お父上は、ブルゴーニュ公の部下でいらっしゃるのでしょう? 私を貰って下さったのも、父のリッシモンを懐柔する為ではなかったのですか?」
 その問いに、ピエールは益々顔をしかめた。
「確かに、最初はそのつもりであった。今は罷免されておるとはいえ、一度はフランス大元帥にまでなったお方だしな、お前の父は。だが、いつまでもそんな目でお前を見ていると思っておったのか? とっくの昔に私の気持ちは通じておると思っておったのに!」
 彼はそう言うと、ドンと拳(こぶし)で壁を叩いた。
 思ったより力が入ってしまったのか、反対の手でその拳を庇うように包み込んだが、彼は壁の方を向いたまま、妻の方を見ようともしなかった。
「あの、ピエール様、お心は分かっております。有難く、そして嬉しいことだと心底、思っております。だからこそ、心配なのでございます。私などの為に無茶をなさらないかと」
「無茶など……!」
 これには、ピエールもシモーヌの方を見たが、彼女はその隙を逃さず、さっと彼の手を握った。