「ふぅ……」
 その乙女ジャンヌが捕らわれているルーアンの町から離れた村の小さいながらも立派な屋敷で、シモーヌは溜息をついていた。
 少し目立つようになってきた腹をそっと手で触ったが、溜息の理由は腹の子のせいではなく、手紙の内容のせいのようで、閉じた後も視線はそちらに注がれていた。
「妻よ!」
 少し芝居がかったその呼びかけと共に部屋のドアが開き、若い夫が中に入って来た。
 若さをカバーしようとしてか、最近顎鬚(あごひげ)を伸ばし始めていたが、くりくりして活発そうなその目には、あまり似合わないと妻は思っていた。
「どうかなさいまして、あなた?」
 それでも最高の笑みを浮かべて夫を迎えると、彼は妻を心配しながら近づき、そっとドレスの上から腹を触った。
「いや、お前と腹の子のことが気がかりでな」
「男の子だといいですわね」
 シモーヌがニコリと微笑みながらそう言い、自らも腹をさすると、髭の似合わない若い夫は大きく目を見開いた。
「私はどちらでもよいぞ! そなたと子が無事であればな」
 そう言うと、夫は妻の腹を触っていたのとは逆の手を差し出した。
 そこには、摘んできたばかりらしい花があった。
「まぁ、又、私の為にわざわざご自分で摘んできて下さったのですか?」
 シモーヌが嬉しそうに顔をほころばせてそう言うと、ピエールは耳まで真っ赤になった。
「う、うむ……。人に命じるより、私が自ら行く方がお前が喜ぶのでな」
「ふふ。はい。ピエール様のお心をより近くに感じられて、嬉しゅうございます」
 シモーヌはそう言いながら花束を受け取ると、近くにいた侍女に笑顔で渡した。
 その侍女は、同じ屋敷で働く侍従と先日、めでたく結婚したのだが、その彼らにピエールは何度かシモーヌを喜ばせる為のアドバイスを貰っていた。その花束もその1つであることを彼女は知っていたが、気付かない振りをしていた。嫁いできた時は尊大な態度しかとっていなかった彼が、思いやりのある態度に変わってきたことも重ねて嬉しくて。
 これも、1つの幸せよね。確かに。バートの時に感じた、燃えるような想いとは違って、穏やかで、温かく、安らぐものだけれど……。……それにしても、こんなに早く子供を授かるなんて、驚いたわ。バートとも仲が良くて、何度も床を共にしていたというのに、授かる兆候なんて、一度も無かったのだもの。今となっては、その方が良かったといえるのだけれど……。
 そう密かに心の中で呟くシモーヌの胸が、チクリと痛んだ。
 バート、ごめんなさいね。貴方が命がけで守ってくれたというのに、私一人が幸せになってしまって……。
 トン……。
 その時、シモーヌのお腹の中で、何かが動いた感じがした。
「動いた……?」
 思わずシモーヌがそう呟くと、自分が摘んできた花を生けた花瓶を侍女から受け取ろうとしていたピエールが、慌てて近寄って来た。