『実現する日時が分からない』だと? よもや、助かるつもりではあるまいな?
 そう思いながら彼が顔をしかめ、コホンと咳払いをすると、彼の息のかかった判事が彼女に尋ねた。
「その『声』とやらは、お前が救われると告げたのか?」
「聖女カトリーヌは、私が救われるだろうとおっしゃいました。しかし、それが牢から出るということなのかは分かりません。~(中略)~『総てのことを喜んで受け入れなさい。殉教を恐れてはいけません。最後には天の王国に行けるのだから』とお告げになられたのです」
 そしてジャンヌが微笑むと、その判事は目を丸くしながら尋ねた。
「最後には天の王国に行けるだろうと声が告げたので、お前は自分が救われて、決して地獄に落ちないと確信しているのか?」
「私は『声』が告げたこと、つまり私が救われるだろうということを固く信じています。又、既に私は天の王国にいるのだと確信しています」
相手の判事の目を正面から真っ直ぐ見据えてそう言い、ニコリと微笑むまだ18歳の少女に、彼女よりずっと年上の教会責任者や神学者達は目を丸くして彼女を見詰め、やがて不安そうに互いの顔を見合わせた。
 彼らは完全にその少女に気圧(けお)されてしまっていたのだった。
 既に名ばかりの裁判は、牢の中で非公開になっていたからよかったものの、一般の民衆がこれを見たら、ジャンヌは無罪だと騒ぎ立てるのは、火を見るよりも明らかだった。
 いかん! このままでは、断じていかん! 何とかせねば! ……そ、そうだ! 男装の問題で問い詰めてやればよいのだ! カトリックでは、女が男装するのは罪だ。そこを突いてやればよいのだ! そうだ……。必ずあの小娘を死刑にし、我が威厳を見せつけてやるわ!
「ふ……ふふふふふ」
 一人、不気味に笑うピエール・コーションに、周囲の者は気が狂ったかと思い、少し距離を開けたが、彼はそんなことに気付きもしなかった。
 そして彼自身、カトリックでは確かに「男装は罪」であったものの、馬に乗って険しい道を行く場合は例外だということにも気付かない程の状態に自分があるということも気付いていなかったのだった。