「そうですか、お嬢様が……」
 それから数日後、近くの修道院に行ったマルグリットは、そこで雑用をしていたアジア系見習い修道士と話をしていた。
「貴方には可哀想だけど、あの子のことは、もう心配要らないわ」
「そのようで……。ようございました」
 そう言う見習い修道士の顔は、言葉とはうらはらに、今にも泣きそうな表情だった。
「ですが、奥方様は、わざわざそれを伝えに此処までお越しになられたのですか?」
 その哀しそうな表情を無理矢理真面目なものに変えると、ジェイコブはそう尋ねた。
「いいえ」
 そう答え、首を横に振るマルグリットの表情も、真面目で厳しいものに変わっていた。
「乙女のその後のことを知りたいの。何か知っているのなら、教えて頂戴」
「ジャンヌ・ダルク、ですか……」
 ジェイコブはそう言うと、溜息をついた。
「現在の私は、今までと異なり、直接調べに出向くということが出来ません。それゆえ、奥方様がお知りになられたい情報を仕入れられるとは思いませんが……」
「無事かどうかだけで、構わないわ」
 今までにない位、はっきりとした口調で、しっかり目を見ながらそう言うマルグリットに、ジェイコブは目を丸くした。
「何かあったのですか? まさか、奥方様がお嬢様の代わりに閣下の……」
「それは無いわ。私には、そんなこと、出来ないもの」
 マルグリットは苦笑しながらそう言うと、どこか遠くを見ながら続けた。
「でもね、あの子の頬が上気した顔を見ていたら、思ったのよ。オルレアンの乙女も、この子と年が変わらないのに、って……」
 聞いていたジェイコブも、それ以上何も言えなかった。
 ドン・レミという田舎では大きい方の部類に入る、ただの農家の娘が辿っている道は、18歳という年の割には、あまりにも過酷なものであったので……。
「その乙女がいなければ、今頃フランスはもっと大変なことになっていたでしょう。その一因であるブルゴーニュ公の妹が言うことではないのでしょうけれど」
「そんなこと、ありません!」
 自嘲気味に言うマルグリットに、思わずジェイコブも声を荒げてそう言っていた。
 これには、流石に祈りに来ていた信者達も驚いて彼らを見たが、すぐに興味を失くしたのか、自分達の祈りに戻ったのだった。
 それを確認すると、ジェイコブは溜息をつき、小声でマルグリットに尋ねた。
「本当にお嬢様と乙女が同じ年だからというだけで、奥方様が動かれることはないのですね?」
「ええ」
「ならば、おって連絡致しますので、ご安心下さい」
 その彼の答えに、マルグリットの眉がピクリと動いた。