「ご苦労だったな。大事ないか?」
 珍しく屋敷の正門を出た辺りまで迎えに出たあるテュールに、少し青い顔のマルグリットは、目を丸くしながら馬車を降りた。
「まだ中までは距離がある。乗っておればよいものを……」
「馬車に酔ってしまったので、少し歩きたいのです。それに……」
 そう言うと、マルグリットは自分より背が高く、逞しい金髪の青年を見上げた。
「あてられてしまったので、歩きたいのですわ。貴方と」
「そ、そうか……」
 マルグリットに差し出した手がピクリとし、彼女が彼の方を見ると、これまた珍しく、赤くなったアルテュールの顔がそこにあった。
「ということは、うまくいきそうなのだな?」
「ええ。相思相愛の夫婦になりそうですわ」
 マルグリットはそう言うと、馬車から下り、アルテュールの隣に立った。
「そうか。それは、なによりだ」
 そう言いながら手を差し出すアルテュールをマルグリットは少しムッとした表情で見た。しっかりその手に自分の白い手を重ねながら。
「それならば何故、あのような手紙を渡されたのです? 乙女の話など、あの子にとっては御法度でしょうに」
「心配しておると思い、一言、書いただけだ。もうあの子を使うつもりなどない。リッシモン家のことは別だがな」
 その言葉に、彼の腕につかまりながらゆっくり歩いていたマルグリットが足を止めた。
「それはどういうことなのです?」
「そのように怖い表情をするでない。あの子に子が出来、男子が二人以上だった場合は、そのうちの一人に跡を継がせる、ということだ」
 アルテュールが軽くマルグリットの手をポンポンと叩きながらそう言うと、彼女は表情を和らげた。
「そういうことでしたの」
「他にはなかろう?」
「そうですわね」
 マルグリットはそう言うと、夫に微笑んだ。
「ねぇ、アルテュール、早くあの子の子供の顔が見たいですわね?」
「そうだな。だが、そうなると、我らは祖父・祖母となるぞ?」
「構いませんわ。私、たっぷり愛情を注いで育てますから」
「今からヤル気充分だな」
 アルテュールはそう言うと、微笑んだ。
 そんな彼は、妻が密かに囚われの乙女ジャンヌのことも心配しているとは、全く気付いていないのだった。