「ですが、父上は、ラ・イール様も救出されようとなさっておいでのようです。だから、心配するな、とも書いてありました」
「良かったわ!」
 マルグリットは心底安心したようにそう言うと、微笑みながら髪を梳かし始めた。
「手伝います」
 シモーヌがそう言ってマルグリットの髪に手を伸ばすと、彼女は笑いながら手でそれを制した。
「いいわよ。それより、早く部屋に戻ったら? 嫉妬深い旦那様が待ってるんでしょう?」
「でしたら……」
 シモーヌはそう言うと、先程まで何かを書いていた紙とアルテュールからの手紙を一緒にし、蝋燭の火をつけた。
 それを見たマルグリットは、一瞬目を丸くしたが、すぐに暗号解読を避ける為だと分かり、哀しげな表情になった。
「本当にもう二度と貴女にそんなことはさせたくないわね……」
 マルグリットの独り言のように小さなその呟きに、シモーヌは微笑みで応えた。
「ありがとうございます。もう大丈夫だと思います。私には、ピエール様の妻としての務めもありますし……」
「そうね。大丈夫そうよね、そっちは。じゃあ、私も支度が出来たら、すぐに発つわ」
「ええっ、本当に帰られてしまうのですか? 昨日来られたばかりですのに……」
「それは、貴女もね」
 髪を簡単にまとめたマルグリットがそう言うと、シモーヌは少し困った表情になった。
「それはそうですが、昨日、あんなに調子が悪そうでしたのに、無理に帰られることもないのではないですか?」
「さっきも言ったけれど、これ以上、新婚さんの邪魔をする気は無いの。それに、アルテュールの顔も見たいしね」
 マルグリットのその言葉に、シモーヌはパッと顔を輝かせた。
「それでは、これ以上お引き止めする訳にもいきませんね。父上と母上の仲がいいのはいいことですし」
「でしょう?」
 マルグリットはそう言いながらも、顔を赤くしていた。
「はい。ですが、無理はなさらず、どうか辛くなられましたら、どこかで宿をおとり下さい」
「そこまでする距離ではないわ。来る時だって、休憩はとったけれど、一日足らずで来たでしょう?」
「それはそうですが、くれぐれもご無理はなさらないで下さい」
「はいはい、分かりました」
 そう言うと、マルグリットは微笑んだ。
「でも、早くアルテュールに会って『シモーヌは幸せそうでした』って言いたいのよ。それは、分かってね?」
「は、はい……」
 そう返事をしながらシモーヌは赤くなると、落ち着かない素振りでドアの方にむかった。
「で、では、私はこれで……」
 そう言って赤い顔のまま部屋を後にするシモーヌを笑顔で見送ると、マルグリットは呟いた。
「やっぱり、新婚さんねぇ……。羨ましいわ。私も本当に早くあの人の顔が見たくなってしまったわ」
 そう呟いた彼女は、本当にその日のうちにそこをあとにし、夕暮れ時には何とかリッシモン邸に戻ったのだった。