「え……? 何だって?」
「だから、その……あなた、なのです。おかしいですか?」
「いや……。だが、ならば何故、母親の所に急いで行こうとする?」
「あの……母の所に逃げようとするのが、そんなに変でしょうか?」
「逃げる……?」
「その……こういうことに慣れていませんので……」
 そう言いながらチラリとシモーヌがピエールを見ると、彼の顔がほころび、少し赤くなってきていた。
「そ、そ、そうか……」
 赤い顔で呟くようにそう言うと、彼はシモーヌの首を押さえていた手をどけた。
「では、そういうことで!」
 その隙を逃さず、シモーヌはそう言うと、その場を後にした。
 ふぅ……。咄嗟に適当なことを言って、出てきちゃったけど、大丈夫よね? 今ので……。
 ドアを閉めたシモーヌは、溜息をつきながら心の中でそう呟き、耳を澄ました。
 中からは何の音もせず、彼女を追ってくる気配も感じられなかった。
 良かった……。あれで良かった、ってことよね、きっと……。
 シモーヌは心の中でそう呟くと、安堵の溜息をつき、マルグリットの部屋へと向かったのだった。

「そう……。そんなことが……」
 ベッドで半身を起こしながら紅茶を飲むマルグリットはそう言うと、シモーヌに微笑んだ。
「間違っておりませんよね? 追いかけてこられませんでしたし、これで良かったのですよね?」
 心配そうにそう尋ねるシモーヌに、マルグリットは空になったティーカップを渡しながら微笑んだ。
「多分ね。まぁ、こういうことに『正解』があるとは思えないけれど……」
「そ、そんな……! 教えて頂いた通りにしたつもりですのに!」
 シモーヌはそう言うと、心底困った表情で、視線をあちこちに移動させた。