「そなたが悪いのだ! 初夜を迎えたばかりの夫をほったらかしにして、母の様子を見に行こうなど、妻のすることではなかろう?」
「それだけ心配なのです、母のことが。無理してついてきてくれましたので」
「そうは言っても、実の母ではないのであろう?」
「それはそうですが……割と年が近いのに、まるで実の娘のように可愛がって下さっているので、私としても、そのご温情に感謝しているのです」
「それは分からなくもないが……」
 そう言うと、ピエールは顔をしかめた。
「そなた、まさか、初めてではなかったのではあるまいな?」
「え……?」
「だから、その……昨晩のようなこと、だ」
 そう言いながらシモーヌの顔色を伺うピエールは、先程より少し青くなったような気がした。
 ……ここは、本当のことは伏せておくべきよね。母上も馬車の中でおっしゃってらっしゃったわ。「殿方は、初めてじゃないと分かっていても、初めてのフリをする方がいいみたいよ」と。それに、先程までの甘えよう。私もバートとの初めての朝は、こんなだったのかしら? 幸せで、有頂天になっていたことは覚えているけれど、あの時はヨウジイやジョルジュさんが来ちゃって、ゆっくりは出来なかったのよね、確か……。
 シモーヌは心の中でそう呟くと、今は亡きバートとの初めての朝のことを思い出し、顔を赤くした。
「誰だ、相手は!」
 そんな彼女の顔を見て、ピエールはそう叫ぶと、ドンと彼女を壁に押し付けた。
「え? あ、あの……?」
 ピエールの突然の変わりようにシモーヌは目を丸くしたが、それでも彼は怖い顔のまま、彼女に詰め寄った。
「相手はどこの誰なのだ! 早く言え!」
「あ、あの、そ、それは……その……」
 そう言いかけた彼女の首に、ピエールの手が伸びていた。
 シモーヌは思わず逃げようとしたが、どれだけあがいても、その手は微動だにせず、彼女の首を少し絞めたのだった。
「逃がさん! 早く言え!」
「あ、あの……あなた……です……」
 その言葉に、嫉妬に駆られて周囲が見えなくなっていた若い夫は、目を丸くした。