「お前の夫だ」
「お名前は何とおっしゃるのですか?」
「何だ? 階下でさんざん話をしていたのに、聞いていなかったのだ? まぁ……初夜だからな。緊張しておるからだろう。私の名は、ピエールだ」
 そう言うと、少年はゆっくりとシモーヌに近づいて行った。獲物を狙う、肉食獣のように。
「あ、あの……?」
 そう言いながらあとずさりをするシモーヌは、壁際まで追い込まれてしまった。
「何だ? 私を待っておったのだろう、妻よ?」
 年下だからか、少しシモーヌより背が低いピエールはそう言いながらシモーヌの顎を掴んだが、それでも彼女は顔をそむけた。
「い、いえ! 母の様子を見に行こうかと思っておりました」
「ならん!」
 そう言うと、ピエールはシモーヌの腕を引っ張った。
「あ!」
 そう彼女が叫んだ瞬間、視界が回り、気付けば、彼女はベッドの上に押し倒されていたのだった。
「今宵、夫婦とならずして、いつなるというのだ!」
 そう言うと、ピエールは赤い顔のまま、シモーヌに覆いかぶさったのだった──。

「う、うーん……痛い……」
 朝の日差しが照りつける中、ピエールはそう呟きながら頭を押さえた。どうやら、二日酔いらしい。
 飲みすぎたか……。まぁ、初めてだったからな……。
 フランスでは、現在でも一六歳を過ぎれば、酒が飲める。さすが、ワインで有名な国というべきなんだろうか。
 現代より約六〇〇年程昔のフランスなら、もうすぐ一六歳で、しかも自分の結婚の祝宴ともなれば、少し位飲んでも咎められたりはしなかった。色んなことが「初めて」だった彼には、少しキツかったようだが……。
 そういえば、あの女……シモーヌは? 確か、昨晩、何度もこの腕で抱いた気がするのだが……。
 そう心の中で呟きながらピエールが目を開けると、きちんと服を着、髪も綺麗に結った女性が自分を見下ろしていることに気付いた。
「シモーヌ……?」
 頭痛に悩まされながらも、彼がその名を呟くと、彼女は微笑んだ。
 その背に陽の光が差し、まるで後光のように神々しく見え、彼は昨晩その腕に抱いたのが天使だったのかもしれないとさえ思ったのだった。