「う、上だ……。私の部屋の隣だ」
「それはどこですか?」
「階段を上って、二番目の部屋だ」
「では、三番目の部屋ということですね?」
「そうだ」
「ありがとうございます」
 そう言うと、シモーヌはマルグリットを連れて、その横を通り過ぎた。
 バートやマルクさんやヨウジイでさえ、絶対手を貸してくれるというのに、何でこの人は見てるだけなの? それでも、男なのかしら! まだ子供だから、ってだけなら許せるけど、こんな人が夫なの?
 ピエールの傍を通り過ぎながらシモーヌは心の中でそう思い、溜息をついた。
 その溜息に気付いたピエールが手を伸ばしたが、その時には既にメイド達がシモーヌに手を貸していて、すぐに伸ばしかけた手も引っ込めてしまった。そうすることによって、シモーヌの評価が益々下がったことに、気付きもしないで。
 何だ、あの女は? 部屋の場所を聞いてくるだけで、手を貸せと甘えることもせぬのか? それに、部屋の場所を聞いたきり、私の方を見ぬとは、興味が全く無いとでもいうのか……?
 そんな彼は、心の中でそう呟き、わざと咳払いをした。動揺を隠す為に。

「ふぅ………」
 シモーヌは溜息をつくと、自分に与えられた部屋のベッドに倒れ込んだ。
 見た目は小奇麗な屋敷だったが、彼女に与えられた部屋は質素で、リッシモンの屋敷の部屋の方がずっと広かった。
 だが、先程まで階下で下らない見栄の張り合いの祝宴に出ていて疲れきった彼女には、そんなことなどどうでも良かった。アルテュールや心配してついてきたマルグリットの為にも「帰りたい」という言葉は口にしないでおこうと心に決めていたこともあって。
 そんな彼女の想いを知らず、丸い体の見栄っ張りの屋敷の主は、まだ階下で上機嫌で歌を歌っていた。
 その歌声に一瞬顔をしかめると、シモーヌはドアを見て呟いた。
「母上のご様子を見に行った方がいいかしら? あれだけ下で騒いでいれば、きっと目を覚ましてらっしゃるわよね?」
 すぐ近くの客間で休み、階下で行われていた祝宴にさえも出席しなかったマルグリットを思い、シモーヌがそう呟いた時だった。ドアがノックも無しに開いたかと思うと、金髪の少年が中に入って来たのは。
「あなたは………」
 驚いてベッドから起き上がりながらシモーヌがそう言うと、赤い顔の少年はニヤリとした。