『ブルゴーニュ派との婚姻とはいえ、仲に立って下さるのは、あの疑い深い陛下だ。フィリップ・ル・ボンPhilippe le Bon(=「善良公」とも呼ばれる、ブルゴーニュ公フィリップ)ほどの実力者程とは言わなくても、その右腕位かと思っていたら、まさか聞いたこともない弱小貴族とはな……。その様な者を押し付けられるとは、随分我が家も見くびられたものだ』
 自嘲じみた笑いを浮かべながら、国王の印のある手紙を閉じると、彼はそれをマルグリットに渡した。
『ですがあなた、兄の懐刀でしたら、スパイになるかもしれませんわよ?』
 その手紙を受け取りながら彼女がそう言うと、アルテュールは冷ややかに笑った。
 先程話に出た、フォエイップ・ル・ボンは、マルグリットの兄であり、国王シャルル七世のライバルでもあり、幼い頃を共に過ごした幼馴染でもあった。
『構わん。元よりシモーヌには、その様なこともさせてきたしな』
 アルテュールはそう言うと、チラリと部屋の端の扉の前で立っているシモーヌを見た。
『でしたら、もうお止め下さい! 私は娘に、女の幸せを掴んで欲しいのです!』
 いつになく息を荒くしてマルグリットがそう言うと、流石にアルテュールも目を丸くした。
『ま、まぁ、落ち着け、マルグリット! 女の幸せといってもだな、そいつの男はもうこの世に……』
『嫁げば、相手のことを好きになるかもしれぬではありませんか! 私と貴方のように想い合うことができるかもしれないというのに、スパイみたいなことをさせるだなんて、とんでもありませんわ!』
 そう言ってドンとアルテュールの机を叩くと、マルグリットは急に咳き込んだ。
『大丈夫か? 無理をするからだぞ!』
 そう言いながらもアルテュールがなマルグリットの背中をさすると、それまで黙って二人の様子を見ていたシモーヌが口を開いた。
『私も父上と母上のような仲の良い夫婦となれるよう、努力致しますわ』
 その言葉に二人は思わず彼女を見、困った表情で顔を見合わせたのだった──。

「……フン、でまかせではないのだろうな? そもそも、そなたはあのリッシモンの腹違いの妹であって、娘ではないと聞いておったのだが?」
 アルテュールとの最後の会話を思い出していたシモーヌは、その意地の悪そうな男の言葉で、現実に引き戻された。
「先日、そのようになったのです。正式な手続きは、戦が落ち着いてからになると思いますが、それではご不満でしょうか?」
 ムッとしながらシモーヌがそう言うと、男は苦笑した。