「父上、本当にその女は美しいのでしょうな? 三つも年上の年増で、美しくなければ、目も当てられませんぞ!」
 シャルル七世が薦めてきたのは、自分の勢力内の貴族ではなく、イギリス側、つまりはブルゴーニュ派の貴族の息子だった。それも、屋敷はそこそこ広く、美しかったが、最近賄賂で成り上がってきた貴族で、弱小貴族の典型といってもいい家だった。
 普通に考えれば、フランス大元帥の地位にまでなり、イギリス・フランス双方の王家とも縁(ゆかり)のあるリッシモン家とは釣り合わない家柄だった。
「落ち着け、ピエール。美しいと評判の姫だそうだ。オルレアンで見た者も口を揃えてそう申しておった」
「オルレアンねぇ……」
 ピエールと呼ばれた一五歳の少年は、金色の巻き毛を自分の指でクルクル巻きながらそう言うと、顔をしかめた。
「それこそ、信用出来るのですか、父上? あんなついこの間まで戦場だったような所にノコノコ行くような娘など、良家の娘とも思えませんが?」
「まぁ、そう言うな。あのリッシモンが手塩にかけて育ててきた妹だというおだから、一通りの所作は出来るはずだしな。逆に、何も出来ねば、追い返しても構わんとブルゴーニュ公も仰せだったらしいしな」
 父親らしき年配の男はそう言うと、ニヤリとした。
「ほう……。まぁ、そうでないと、こちらとしても、受けませんよね、父上」
 自分がそれだけの大人物だと勘違いしているらしい少年はそう言うと、父親と同様、ニヤリとした。
 その姿をマルグリットやジェイコブが見たら、即座にその縁談を破棄するよう、アルテュールに言ったのだろうが、残念ながら、マルグリットはシモーヌと共に馬車で向かっている最中、そしてジェイコブは修道院の中だった。
 肝心のアルテュールはというと、シャルル七世から「動くな」と厳命を受けていたので、養女にした妹の結婚といえど、屋敷から全く動いていなかった。ラ・イール解放の為に、密かに部下を遣わしたりはしていたが。
「まぁ、一度はフランスの大元帥にまでなり、国王陛下とも縁があるというのだ。それだけでも、貰っておいて損はないだろう」
「確かに……」
 父の言葉に息子がそう言って再びニヤリとした時だった。
「ご到着なさいました」
 侍従がその部屋の扉をノックしたかと思うと、一礼してそう告げたのは。

「おお、これは……!」
 階下に下り、着いたばかりのシモーヌとマルグリットを出迎えに行くと、父らしき男が若い方の娘を見るとそう言い、目を輝かせた。
「あの、このお屋敷の主(あるじ)様でいらしゃいますでしょうか?」
 その若くて美しい娘が切羽詰った調子でそう尋ねると、でっぷりと太った男は胸を張った。
「いかにも。私が此処の主人のシュ……」
「お願いでございます! 母を横にならせて頂けませんでしょうか?」
 シモーヌの必死の形相に、言葉を遮られた男はチラリと青い顔でうずくまっている身なりのいい女性を見た。
「ふむ。これもなかなか……。だが、他人の屋敷に来てすぐうずくまるとは、関心せんな」
「母は、先日までフランス王家に嫁いでおりましたが?」
 その言葉に、男の眉がピクリと動いたのをシモーヌは見逃さなかった。
 ……父上の仰っていた通りの人物かもしれないわね、これは。
 そう心の中で呟いたシモーヌの脳裏に、先日のアルテュールの言葉がよみがえっていた──。