「くぅー! 何たる不覚! 乙女一人、救い出せぬとじゃ、何と不甲斐ない我が身であることか!」
 その頃、乙女ジャンヌを救出すべく、ルーアンに向かおうとしていた馬車を襲い、逆に捕まったラ・イールは、街の牢獄の中で悔しそうにそう言うと、床を叩いた。
 元から怪我をしていたのか、それとも床を叩いた時に力が入り過ぎたのか、床に赤い血の跡がついたが、そんなことにも構わなかった。拳は流石に痛かったのか、反対の手で包み込んだが。
「ふ……まぁ、そう嘆きなさんな。あんたは、うまくいけば、もうすぐこっから出れるみたいだからな」
 牢番らしき男がそう言うと、ラ・イールは目を輝かせて、鉄格子越しに彼に近付いた。
「おお! では、ジルが身代金を払ってくれたのか?」
「ジルだか誰だかは知らねぇが、とにかく払ってくれる人がいるんだ。あんたは幸運ってことだろ」
「うむ、持つべき物は、親友だな」
 ラ・イールがそう言いながら頷くと、牢番の男は呆れ顔でこう言った。
「『金持ち』の間違いだろ? 金が取れないと分かれば、殺されるか、奴隷のようにコキ使われるか、なんだからな」
「ああ、その点なら、ジルはちゃんと領地を持っておるのでな、心配無い」
 ラ・イールはそう言うと、上機嫌で何度も頷いてみせた。

「全く……人の気も知らずに、イイ気なもんだ! あのジル・ド・レイが人の為に身代金なんか払うかよ! あいつは、領地に戻った途端、黒い噂が流れてるっていうのに!」
 その様子を少し離れた影で聞いていた男はそう呟くと、不機嫌そうにそこを後にした。
 黒いマントで顔も体も隠していたので表情は読み取れなかったが、「チッ!」と舌打ちしたのは聞こえた。
「全く、何で閣下もあんな能天気だけが取り柄のような男を助けようとなさるんだか……」

 その頃、その「閣下」こと、アルテュール・ド・リッシモンの屋敷を一台の馬車が後にしていた。向かう先は、美しい池のある庭園を持つこじんまりとした屋敷。そこでは、シモーヌの夫となるべき少年が、正装して新妻の到着を今か今かと待っていたのだった。