「あれか……?」
 その頃、ラ・イールは少数の手勢を連れて、少し小高い丘から小さな街の城壁から出て来る馬車を見ていた。
「どう見てもともの数が少ないようだが、本当に乙女が乗っておるのだろうな?」
「この時間に出るとは聞きましたが、何だか少し怪しいですね……」
 イギリス側からすれば、必ず死刑にして、権威を示したい相手のはずの乙女、ジャンヌ・ダルク。その護衛にしては、前後二人だけというのは、いくら何でも少なすぎた。
「まぁ、今まで無事に来れたのだ。もうイギリスの本拠地アキテーヌだし、油断して減らしたのかもしれんな。とにかく、行くぞ!」
 ラ・イールはそう言うと、利き腕を高く上げた。
「おーーっ!」
 男達の叫び声がそれに続いたかと思うと、彼らは既に丘から駆け下りていた。
「お待ち下さい! 伏兵がいるやもしれません!」
 慎重派の男がそう叫んだ時だった。城壁から矢が飛んで来たのは。
「隊長!」
 男がそう叫び、ラ・イールの姿を探したが、矢で興奮した馬が砂埃をあちこちでたてたり、倒れたりして、彼の位置はよく分からなかった。
「……仕方ない。まずは、ラ・イール様の敗北を閣下にお伝えせねば!」
 男はそう言うと、木が生い茂る中に入り、笛を吹いた。
 人間の耳にははっきりと聞こえなかったが、どこからともなく鷹が現れ、男の腕に止まった。
 男はその足につけた筒に小さな紙を丸めた物を入れると、その鷹を放した。
「元帥閣下にお知らせしたところで、陛下のお許しが無い限り、表立って動かされないだろうが……あのラ・イール様なら何とかされるだろう。裏表の無い方だから、あまり嫌われないだろうし……。深手さえ負われていなければ、きっと大丈夫なはず……」
 アルテュール・ド・リッシモンが密かに遣わした男はそう呟くと、まだ砂煙のたっている所を心配そうに見た。