「ジル、そのような物言いばかりしておると、誰も構ってくれなくなるぞ?」
「それがどうした? 俺には、領地がある。かしずく者達もいる。それで充分だ」
「寂しい奴だな……」
「余計なお世話だ!」
 ジルはそう言うと、ジョッキでドンとカウンターを叩いた。
 少し残っていた酒が、その拍子にカウンターの上にこぼれたが、彼は気にしていないのか、構わずジョッキを空けた。
「俺は行くぞ!」
 周囲の者はカウンターの中のマスターを含め、少しジルと距離をとっているというのに、ラ・イールは全く彼と距離をとらずにそう言い、ニッと笑った。
「行く………?」
 それがいつものこととなっているジル・ド・レイは、周囲の反応等さして気にする風もなく、そう尋ねた。
「ああ、乙女を助ける!」
 ラ・イールはそう言うと、ギュッと拳(こぶし)を握り締めた。
「助けるって、何処に囚われているか、知っておるのか・」
「じきにルーアンに移送されるらしいとは聞いておる。だから、その時を狙う!」
 ラ・イールはそう言うと立ち上がり、再び拳を握りしめて、ニッと笑った。
「流石にむこうも襲撃を予想して、護衛の数を増やしているだろう?」
「そうだろうが、俺は負けん! 必ず、乙女を取り戻してみせる!」
「そんな簡単にいくか?」
「いかせるのだ! この俺が!」
 ラ・イールはそう言うと、目を輝かせて胸を張り、その胸をドンと手を叩いてみせた。
 ……本当に楽観的で、幸せな奴だ。自分一人で戦に勝ったことなど無いくせに。
 ジルは、従兄のあるテュールの下で戦った時のみ勝利する男の顔を、呆れた表情で見ながら、心の中でそう呟いた。
 もし彼が、心の中で思ったことをそのまま口に出していても、ラ・イールの行動は全く変わらなかったであろうが。
 そして、それが故に、彼は部下からの人望が篤かったのだが、そのことを分かっていたのは、本人ではなく、冷たいジル・ド・レイの方だった。