本当は、ドンレミに居たジャンヌ・ダルクの為、だった。
 だが、彼女のことをマルグリットは「オルレアンの乙女」としてしか知らない。まさか、現フランス国王シャルル七世の異父妹とは思ってもいない。だから、わざわざ告げることもないだろう。
 ーーシモーヌはそう判断した。
「でも、そう思って出かけた先で恋に落ちるなんて、ロマンチックね! それこそ、運命の出会いだったのではなくて?」
 そう言うマルグリットは、先程の咳も精神的高揚で治ってしまったのか、両瞳(め)をキラキラ輝かせ、頬も紅潮させて、まるで10代の少女のようだった。
「その時は、すぐに賭けにのったりしましたので、思いもしませんでしたが、今思えば、そうだったのかもしれませんね」
「賭け?」
 シモーヌの口から普段あまり聞かない言葉に、マルグリットは目を丸くした。
「はい。実は、そこで、マルクとジョルジュという兄弟に会ったのですが、その弟のジョルジュの方が生意気だと、他の方から詰め寄られてましたので、頭を下げやすくする為に、賭けを提案したのです」
「まぁ、どんな?」
「次の戦いで私と競い、私が勝てば、皆に謝ってもらうと」
「まぁ、じゃあ、貴女が負けたらどうなるの?」
「その……キスをすると……」
 その時のことを思い出し、頬を赤らめてそう言うシモーヌに、マルグリットはパッと顔を輝かせた。
「まぁ、それで?」
「私がバートと、ジョルジュさんはお兄さんのマルクさんと組み、私達が勝ちました。ですが、勝負がみえてきた頃に、ヤケになったジョルジュさんが弓で私を狙ってき、それをバートが庇って、怪我をしたのです」
「まぁ、素敵! とてもロマンチックじゃない! それで、それで?」
 瞳をキラキラさせながら、尚も尋ねてくるマルグリットに、シモーヌは苦笑した。
 賭けが絡んくる出会いよりも、上流社会の幼馴染で、思い続けた相手と再婚された母上の方が、余程ロマンチックだとおもうのだけれど……。まぁ、こんなに頬を上気させて聞いて下さっているのですもの。ちゃんとお話しないといけないわよね。願わくば、母上がこのまま、お元気でいて下さいますように……。
 残念ながら、マルグリットはそれから約一二年後の一四四一年に亡くなり、その二年後、シモーヌは「ジャクリーヌ」と名を改めて、正式にアルテュールの唯一の嫡出子となるのだが、今はオルレアンの乙女に関する動向を追うことにしよう。