「シモーヌ?」
 そう呼びかけたマルグリットの声で、シモーヌは現実に引き戻された。
「あ!」
 気付くと、水はカップから溢れていた。
「失礼しました!」
 シモーヌはそう言いながら、近くにあったナプキンで濡れた所を拭くと、マルグリットは微笑んだ。
「もう、そんなことなど、メイドにでもさせればいいのに」
 その言葉に、シモーヌの手が止まった。
「シモーヌ?」
 そう尋ねるマルグリットの瞳は、生命力自体は弱々しくても、純粋そうな光をたたえていた。
 ……そうだわ。この方は、父上に嫁がれる前に、王族に嫁がれていたお方。英仏双方の王家と繋がりがあるリッシモン家の娘として育てられたとはいえ、私生児で、スパイの様なこともやってきた私とは違う、「本物のお姫様」なのだわ……。
 生命の光自体はシモーヌより弱いものの、彼女には無いものを持つマルグリットを見ながらシモーヌが心の中でそう呟くと、彼女は首をかしげながら再び声をかけた。
「シモーヌ……?」
「あ、いえ、すみません! 考え事をしていました!」
 シモーヌはそう言いながら微笑むと、カップを彼女に持って行った。
 マルグリットはそれを受け取り、口を湿らせると、少し遠慮がちに尋ねた。
「ひょっとしなくても、その……バートさんのこと?」
「はい………」
 そう答えるシモーヌの頬を温かいものがつたって落ちた。
「シモーヌ、貴女、又……」
 マルグリットがそう言いながらシモーヌの頬に手を伸ばすと、彼女は微笑んだ。
「いえ、もう泣いたりなど致しません。ですから、安心なさって下さい。バートのことも、ちゃんとお話致しますし……」
「そう………?」
「はい」
 にこりと微笑んで頷いた後、シモーヌは顔を曇らせた。
「ですが、場末の酒場での話になります。構いませんか?」
 すると、マルグリットの顔も曇った。
「貴女、そんな所にまで出入りさせられていたの?」
「信頼出来そうな傭兵を見つけろと言われていましたので……」
「傭兵? だったら、ヨウジイにでも頼めばいいのではなくて?」
「そうですが……出来れば同じフランス人の女性がいいということでしたので……」
 その言葉に、マルグリットは大きく頷いた。
「なるほど。そうよね! 貴女の身辺を守らせるのなら、やはり同国人の女性の方がいいわよね!」