「あら、違うの?」
 先日のことを思い出し、シモーヌが再び溜息をつくと、マルグリットがそう声をかけた。
「私よりは男女のことに長(た)けているかもしれません」
「そうなの? キスされた位で?」
「母上までも『たかがそれ位』とおっしゃるのですか?」
 シモーヌはそう言うと、苦笑した。
「あら、だってほら、キスにも色々あるじゃない? アルテュールもまだ幼い貴女の頬や額にしていたでしょう? 私もこの間、したし……」
 マルグリットが最愛のバートを亡くし、体の傷は治っても、しばらく放心状態だったシモーヌを抱きしめ、頬などにキスしたことを思い出しながらそう言うと、シモーヌは益々苦笑した。
「お願いですから、そういう家族間のものは、数に入れないで下さい、母上! 私は同性にあんな目で見られて、迫られたのなんて、生まれて初めてだったのですから!」
「あら! まぁ、何事も経験よ?」
 にっこり微笑みながらそう言うマルグリットに、シモーヌは頭を抱えた。
「は、母上までその様なことをおっしゃられるだなんて……。私は、一体誰に相談すればよいのです! このような罪深いことなど……」
 うつむきながら小さな声でそう呟くシモーヌに、マルグリットは優しく肩を撫でた。
「ごめんなさい。少し苛め過ぎたようね。冗談よ、冗談! 貴女が敬虔なクリスチャンで、そっちに走ることはないと分かっているからこそ、言えたのよ」
「そ、そうなのですか……?」
 驚いたシモーヌがそう言いながら顔を上げると、マルグリットは頷いた。
「そうよ! それに、少し前まで、ロクに食事もとらずに、泣いてばかりだったじゃない? それに比べると、貴女のその反応は、いい兆候だわ!」
「は、母上……」
 そう言いながらシモーヌがマルグリットを見詰めると、その目から涙が溢れた。