「そんなの、するわけありません!」
 思わずそう口に出してしまってからハッとして口をつぐんだが、ジャンヌ・ド・バールはじっとこちらを見ていた。
 ……仕方無い。頑張って、もう少し芝居しよう。
「あ、ああ、だからその、私は乙女(ラ・ピュセル)をそのような目で見ておらんのでな、その……」
「私のことは?」
 じっとシモーヌの目を見詰めながらそう尋ねると、少女は彼女の手をギュッと握った。
「そ、それは……」
 ち、ちょっと、何でこんなに積極的なのよ! ここが屋外じゃなくて室内だったら、とっくの昔に押し倒されてる気がするわ……。
 あまりにも積極的な少女に、シモーヌがたじろいで後ろに下がると、ジャンヌは溜息をついた。
「やっぱり、そうですよね……。この間会ったばかりの小娘じゃ、駄目ですよね……」
 そう言って肩を落とす少女に、シモーヌは苦笑した。
「お、おい、ジャンヌ……」
「いえ、良いのです。あの方からお聞きしましたので。貴方様のこと」
 その言葉に、ドキリとシモーヌの心臓が大きな音をたてた。
 まさか、乙女が私の正体をバラしてしまったというの……? まぁ、神のお告げを受け、実際、オルレアンを解放されてしまったお方だもの。嘘などつけないわよね……。
 そうシモーヌが心の中で呟き、肩を落とした時だった。
「でも、私、待ちますから」
 ジャンヌ・ド・バールがそう言ったのは。
「え……?」
「年上の恋人がおられて、その方がシモン様を庇ってお亡くなりになられたので、忘れられないというのも分かります。ですが、私、待ちますから。いつか、私がその方の代わりと言わないまでも、少しでもシモン様のお気持ちがこちらを向いて下さるまで」
「君……」
 乙女ジャンヌが、シモンの正体をシモーヌ・ド・リッシモンと分かっても尚、話を合わせてくれたことにほっとしつつも、真っ直ぐなジャンヌ・ド・バールの気持ちにも動かされ、シモーヌが思わずそう呟くように言うと、少女は微笑んだ。
「嫌ですわ、シモン様。そこは、名前を呼ぶところでしょう。『ジャンヌ』と」
「そ、そうだな。ジ、ジャンヌ……」
 シモーヌがそう言いながら少し顔を赤くすると、少女は心底嬉しそうな表情をしたかと思うと、いきなり顔を近付けて来たのだった。
「え……?」
 気付くと、シモーヌはジャンヌにキスされていた。
「な、な、な……!」
 驚いて真っ赤になるシモーヌもとい、シモンに、ジャンヌは悪戯っぽい笑みを浮かべた。