「ジャンヌ・ド・バール?」
 シモーヌにとって、まず「ジャンヌ」という名は、オルレアンの乙女ジャンヌ・ダルクを連想させるので、フルネームでそう呼びかけながら振り返ると、少女は少し寂しげな笑みを浮かべた。
「そうですが……出来ればジャンヌとお呼び頂けませんか?」
「そうだな。すまない」
「いえ……それだけ、あの方のことが心配でいらっしゃるのでしょう?」
 そう言う少女の笑顔が、少し痛々しかった。
「まぁ……オルレアンに居た者としては、な」
「まぁ、あそこにおられたのですか?」
 厳密に言えば、様子を遠くから見に行ったことはあっても、中に入ったのは、ジャンヌ・ダルクによって町が解放された後だった。だが、そんなことなど細かく説明する必要も無いし、してはならない。――そう思ったシモーヌは、笑みを浮かべた。
「では、あの方に感謝しなくてはいけませんね」
 そういう少女の顔は、気のせいか少し赤かった。
「そう言えば……」
 そう言いかけると、少女は自分よりずっと背の高いシモーヌの袖を引っ張った。
「あのお花、持って行きましたよ」
「そうか……」
「喜んでおいででした。牢の中が少し明るくなられたと」
「牢……」
 その言葉にシモーヌが顔をしかめると、ジャンヌ・ド・バールは、慌てて続けた。
「牢といっても、鉄格子に囲まれ、じめじめした所ではありません。普通のお部屋です。ベットも普通のもので、扉も普通の木の扉です。私や母がついている限り、ならず者の男達が見たり、入れるような場所に入れたりなど、致しません!」
「ありがとう」
 シモーヌが微笑んでそう言うと、少女は嬉しそうに顔を紅潮させながら微笑んだが、すぐにじっと彼女の顔を見詰めた。
「な、何だ?」
「あの……やきもちを妬かれたりとかはされないのですか?」
「な……!」
 思わぬ言葉に、シモーヌは少女の顔を穴が開く程見詰めた。
 何で女の私が、同じ女で、しかもまだ子供の貴女に嫉妬しなきゃいけないのよ! ……あ、今は男装しているのよね。ということは、乙女のことで嫉妬しろ、ってこと……?