「――色々おありなのですね、シモン様も……」
 シモーヌはそう言うジャンヌの言葉で、ハッと我に返った。
「まぁ……な」
 シモーヌは低い声でそう言うと、咳払いをした。
 良かった……。気付かれてはいないみたいね。まぁ、イギリス側にもフランス人がいてもおかしくないのだけど。あわよくばフランス王の座を奪おうとされているブルゴーニュ公だっていらっしゃるのだし、父上の妹君だって、まだイギリスにおられるのですもの。
「あの……これ以上はお聞きしないように致します。ですから、その……又、お会いして頂けますか?」
 そう言いながら頬を赤らめるジャンヌ・ド・バールに、シモーヌは思わず彼女を見詰めた。
 何を言ってるの、この子……? 自分が何を言っているのか、分かっているのかしら? まさか、本当に惚れられてしまったの? まさかね……。
 そう思いながら彼女が少女を観察していると、耐えきれなくなった少女がうつむいた。真っ赤な顔で。
「そんなに見ないで下さい! は、恥ずかしいです……」
 こ、これは……完全に惚れられちゃったのね……。そんなに完璧な男装だったかしら? ま、まぁ、都合がいいのは確かだけれど……。
 シモーヌは心の中でそう呟くと、内心の動揺を隠す為に、出来る限りの作り笑いを浮かべた。
 シモーヌ自身にとってそれは、その時出来る限りの「作り笑い」でしかなかったのだが、彼女に一目惚れした恋する乙女にとっては、「極上の笑み」でしかなかった。
「分かった。そなたに会いたい時は、又此処に来よう」
「ありがとうございます!」
 少女はその頬を桜色に染めながらそう言い、シモーヌは頷きながらそこを後にしたのだった。

 ─――それが、アルテュールの元に行く前までの話だった。その後すぐに、罪の意識にかられたシモーヌが、そこを後にしてしまったので。
 ……あれからもう一ヶ月は経っているわね。バール嬢はまだ此処に居るのかしら? いえ、それよりも乙女よね。確か、ジェイコブの報告によると、身代金と交換で、イギリス側に引き渡されるとか……。それまでに何とか、一度だけでも会えればいいのだけど。
「シモン様……?」
 その時、聞き覚えのある高い声がシモーヌの背後でした。