「はい。バール嬢を通して、直接会えなくても、差し入れ位はしたいですから」
「そうだな。頼んだぞ。ラ・イール殿達も動いておられるようなので、くれぐれも無茶はせぬようにとお伝えしてくれ」
「そうなのですか! はい、それは是非!」
 シモーヌは目を輝かせてそう言うと、嬉しそうな表情のまま、そこを後にした。
「さて、残るはそなたのことだが……」
 シモーヌが部屋にした後も、まるでその残り香を嗅ぐかのようにそこを見ているジェイコブにそう話しかけると、アルテュールはコホンとわざとらしい咳をした。
「私ですか? コンピエーニュの修道院に戻るつもりでおりますが……?」
「乙女が移送されれば、そこからついていくというのか? そんなに早く見習いを卒業出来るというのか?」
「それは分かりませんが、袖の下(=賄賂)を渡せば、多少は融通がきくかと……」
「甘いな。いくら腑抜け共が多いとはいえ、流石にあの乙女に接触しようとする者を簡単に近付けたりするとは思えん」
「修道士でも、ですか?」
 すると、アルテュールは苦笑した。
「シモーヌは修道女の格好をしていても、コーション司教に睨まれたと言っておったぞ?」
「それはまぁ、お嬢様はお綺麗ですから……」
「そなたも目立つぞ、ヨウジイ」
 先程までは親しみを込めて「ジェイ」と呼んでいたのに、今回はわざと昔の中国名、ヨウジイで呼んだアルテュールに、ジェイコブは顔を上げて彼を見、やがて肩を落とした
「矢張り、外国人の私では、出家などしても無駄ですか……」
「いや、そうとも限るまい。敬虔なクリスチャンの振りをして、自分の国にも広めたいと言えば、喜んで乗って来る奴もいるだろう」
「中国に帰れ、ということですか?」
 悲しそうな表情でジェイコブがそう尋ねると、アルテュールは苦笑した。
「話は最後まで聞け、ジェイ! 中国で布教したいという者は、おそらくイギリス人であろうとブルゴーニュ派であろうと、キリスト教徒ならば関係無いと思うはずだ」
「あ! 乙女の味方にもなってくれるかもしれないということですね!」
「まぁ、可能性は0(ゼロ)ではないということだ」
 アルテュールはそう言うと、微笑んだ。
「分かりました! では、そう言いそうな者を探して参ります!」
 ジェイコブはそう言うと、元気に一礼してその場を後にしようとした。
「まぁ、待て! その……本当にそういう者と出会って、布教する為に中国に戻ることになってもだな……」
「帰って参ります、必ず!」
 瞳を輝かせ、拳(こぶし)をぎゅっと握りしめながらそう言うジェイコブに、アルテュールは作り笑いを浮かべるしかなかった。