「ち、父上……?」
 普段あまり見ないアルテュールの表情に、シモーヌがためらいながらもそう言うと、彼は微笑んだ。
「何だ? コーションにはまだお前の正体を知られてはおらんのだろう?」
「ええ、多分……。シスター・マルグリットと乙女の話をしていたところを見咎められたので、貴族の二男の放蕩息子を気取ってウロウロしましたから……」
「ほう。それで、バール嬢に気に入られたのか?」
「ええ、まぁ……」
 シモーヌはそう言いながら苦笑した。
 あれって、たまたま牢につながれている乙女をお慰めしようと百合の花を持っていたところにバール嬢が現れ、あげたら惚れられたっぽいってだけなんだけど……いちいちそんなことまで説明するというのも言い訳がましいわよね……。
 そんな彼女の気持ちに気付いていないのか、アルテュールはまだにやにやしながらこう言ったのだった。
「ふふ、マルグリットにも戻ったら話をしてやるといい。面白がるだろうからな」
「面白がられますか? 驚いてひっくり返られるのではないですか?」
「そうか? 女というのは、色恋沙汰が好きだろう?」
「それはそうですが、これはそういう類のとは違いますよ? 私にはソノ気が無いのですから」
「まぁ、それはそうだが、とにかく、今度帰ったら、話してやりなさい」
「はぁ……。そこまでおっしゃられるのなら、そう致します。ですが、その前に一つ」
 シモーヌのその言葉に、アルテュールは彼女を見た。
「何だ?」
「どうして私が男装したとお分かりになったのですか? それらしいことは何一つ申し上げていないはずですが……」
「香水だ」
「香水?」
「うむ。マルグリットがお前に私の香水を少し送った、と手紙をよこしたのだ」
「それで、ですか?」
「ああ」
 そう答えるアルテュールに、シモーヌは近寄った。
「随分勘が良いのですね、父上は」
「まぁな。これでも、陛下とそのお付きのラ・トレムイユの謀略から身を守っておるのでな」
「成程。そして、母上とも密に連絡を取られておられると」
 シモーヌがそう言ってニヤリとすると、今までニヤニヤしていたアルテュールがムッとした表情になった。