「はい。私がボールヴォワールを出た時には、確実だと聞いていました。ですから、今はもう移送されてしまったかもしれませんね」
「ああ、例のシスターからの情報か?」
 アルテュールのその言葉に、シモーヌは首を横に振った。
「いえ、ジャンヌ・ド・バールからです」
「バール?」
 聞き覚えの無いその名に、アルテュールは少し首をかしげた。
「ブルゴーニュ公の家臣のジャン・ド・リュクサンブールの養女になられた方です、父上」
「ほう? では、乙女を守る三人のジャンヌの一人なのだな?」
「はい」
「年はいくつなのだ?」
「確か、十六になられたばかりとか……」
「子供だな」
 フッと口の端に笑みを浮かべてアルテュールがそう言うと、シモーヌは苦笑した。
「父上、私がドン・レミ村に行った時はまだ十七でした。それでも、子供ですか?」
「お前は、もう十八になっただろう?」
「はい、先日なりましたが……」
「ならば、大人だ」
 はっきりそう言うアルテュールに、シモーヌは益々困った表情になった。
「ですが、それでも、ジャンヌ・ド・バール様と二歳しか違いませんよ?」
「だが、大人だろう?」
 アルテュールはそう言うと、ちらりとシモーヌを見た。
「まぁ、子ども扱いされるより、大人として扱って頂ける方が嬉しいのは嬉しいですが……」
 すると、アルテュールは笑い出した。
「ち、父上?」
「分かっておらぬな。私がそのバール嬢を子供と言ったのは、お前に騙されたのだろうと思ったからだ。それも、色仕掛けで、な」
「父上! 私は、色仕掛けなど致しません! それに、相手は、私とそう年も変わらぬ女性ではありませんか!」
「だから、男装したのだろう?」
 そう言ってにやにやするアルテュールに、シモーヌは二の句が継げなかった。
「え? お、お嬢様、まさか、バートさんを亡くされたショックで、そっちに……」
 これには、ジェイコブも真っ青になってそう口を挟んだ。
「いってません! そういう趣味など、ありません! あれは、勝手にバール嬢が勘違いしただけです!」
「そ、そうですよね……。お嬢様は、リッシモン家の跡継ぎでいらっしゃるのですし、きちんとした方とご結婚なさって、子供をお産みにならねばなりませんし……」
 そう言いながらもジェイコブがまだ顔の端を少し引き攣らせていると、シモーヌは肩を落とした。
「はぁ……。勿論、そういう自覚もあるわよ。だから、大丈夫よ! 大体、男装したのも、コーション司教に先日、修道女姿でいるところを見られたので、男装しただけなんだし」
「ほう。ならば、上々(じょうじょう)」
 にやにやしながらそう言ったのは、アルテュールだった。