『今だ! 乙女を捕らえろ!』
 そう叫び、馬上のジャンヌ・ダルクを馬から引きずりおろそうとする男達の隣で、修道女姿のシモーヌは背中に矢を受け、ぐったりしているバートの体を涙ながらに揺すっていた。
『バート! こんなの嫌よ! 絶対、嫌! お願いだから、目を開けて、私を見て! ねぇ、バート! バート!』
 その時、誰かが彼女の肩をぐいと掴んだ。
『もう亡くなられています! しっかりして下さい、お嬢様!』
『違う! 信じない! 私は、そんなこと認めない!』
 呪文のように実際そう呟いたのか、心の中だけだったのかは分からない。分かっているのは、腹に拳(こぶし)が叩き込まれ、気を失ったことだけだった。
『すみません、お嬢様。ですが、ここは危険過ぎる。ご無礼を働き申し訳ありませんが、これが貴女様の為なのです……』
 そう呟く声と、抱きかかえられた感触はあったような気がしたが、それも夢かと思っていた。
「あの呟くように謝る声、あれは貴方だったのね、ジェイコブ?」
「覚えておいでですか?」
 彼が目を丸くしてそう尋ねると、シモーヌは少し困った表情で小さく頷いた。
「うっすらと……。細かいことは覚えていないし、気付けばもう屋敷の自分の部屋だったから……」
「そうでしょうね。申し訳ないのですが、薬も飲んで頂きましたので……」
「薬? いつ?」
 身に覚えの無いシモーヌが目を丸くしながらそう尋ねると、ジェイコブはアルテュールを困った表情でちらりと見た後、申し訳なさそうに答えた。
「コンピエーニュの宿屋で、水に溶かし、それを口の中に流してお飲み頂きました。バートさんを助けに向かわれては危ないと思いましたので……。申し訳ありませんでした」
 そう言って彼が頭を深々と下げると、シモーヌが答える前に、アルテュールが手で彼女を制した。
「いや、それは的確な判断だった。こいつが責めても、この私が許そう」
「恐れ入ります」
 ジェイコブがそう言って再び頭を下げると、シモーヌが苦笑した。
「まぁ、私もお礼を言おうと思っていたのに、先を越されてしまいましたわ」
「本当か?」
 アルテュールが疑い深そうな表情でそう尋ねると、彼女は益々苦笑した。
「本当でございます! もう、嫌ですわ、父上! 父上が先程、礼を述べよと申されたのですよ?」
「それはそうだが……そのバートという男は、お前にとって特別だと聞いておったのでな」
「ええ、それは……。今でも、大事な人です」
 そう言うと、シモーヌは目を伏せた。
「ですが、だからこそ、私は彼の分までしっかり生きねば、と思うのです」
「シモーヌ……」
 その言葉に、アルテュールとジェイコブは思わず彼女を見詰めた。