「うむ、そうなのだ」
 そう言うと、アルテュールは何故かにやりとした。
「閣下、失礼致します」
 聞き覚えのある低い声がドアのむこうからしたかと思うと、修道士姿の男が中に入って来た。
「まさか、ヨウジイ……?」
 どう見てもアジア系の男だったが、見慣れた長い髪を後ろで束ねた姿ではなかった為、シモーヌが目を丸くしながらそう尋ねると、彼は頷いた。
「はい、お嬢様。お元気になられたようで、何よりにございます」
「あ、ありがとう……。でも、その恰好……」
 すると、彼は微笑んだ。
「お嬢様も修道女姿でコンピエーニュにおられたではありませんか」
「それはそうだけど、それはあくまでもフリであって、本当に出家するのとは違うのよ? 本当にいいの? 悔いは無い?」
 すると、ヨウジイは微笑んだ。
「ありません。私の望みは、閣下とお嬢様の役に立つことですから」
「ヨウジイ……」
 憐みのこもった表情でシモーヌが彼の名を呟くと、アルテュールがわざとらしく咳払いをした。
「シモーヌ、もうジェイコブだそうだ」
「ジェイコブ?」
「洗礼名だ」
「ああ……」
 そう返事をすると、シモーヌは黙って微笑んでいる「ジェイコブ」を見詰めた。まだ少し憐むような表情で。
「シモーヌ」
 アルテュールはそう言うと、溜息をついた。
「まぁ、突然のことで驚いて色々尋ねたいこともあるだろうが、まずは礼を言いなさい。お前を助けてくれたのは、このジェイコブなのだからな」
「え……?」
「コンピエーニュで危ないお前を助けて連れ帰ったのは、そこのジェイコブなのだよ」
「そうなのですか!」
 そう言いながらシモーヌがまじまじと頭を剃り、完全に修道士姿になった彼を見ると、彼は少し困った表情でうつむいた。耳まで真っ赤になりながら。
「大袈裟でございます、閣下。私は、乙女を捕えようとする者にお嬢様まで捕まってしまってはと思い、動いただけにございます」
「そういえば、バートが倒れて泣いていたら、誰かが傍に来たような……」
 そう呟くように言ったシモーヌの脳裏には、少し前の出来事がよみがえっていた――。