「それで、現在はご無事なのですね?」
「そう聞いています。数日間は本当にグッタリされていたそうですが、現在はもう落ち着かれて、聖書をお読みになっておられるとか……」
「そうですか……」
 ほっと胸を撫で下ろしてそう言うシモーヌに、シスター・マルグリットは申し訳なさそうに続けた。
「本当は会わせて差し上げたいのですが、又移送されるとかで、警備が厳しくなっているのですよ」
「お気持ちだけで、充分です。それより、今度はどこに移送されるのですか?」
「まだ移送されるだろうという噂だけなのですが、もっとイギリス側の中心に移送されるのではないかということです。コーション司教様が何度もお訪ねになられていますし……」
「イギリス側の中心ということは、イギリス本国ということでしょうか?」
「最悪、そういうこともあるかと……」
「それは、何とも……」
 絶望的と言おうとした時、コホンと咳払いをして、怖そうな顔をした年配の神父が近付いて来た。
 途端にシスターとシモーヌは話すのを止め、送られてきた物資の仕分けに集中し出した。
「申し訳ございません、司教様。シスターともあろう者が、おしゃべりなどを致しまして……」
 そう言うと、神父は派手な司教服に身を包んだ男に深々と頭を下げてそう言った。
「女というものは、神の道に入ってもおしゃべり好きで品が無い。困ったものだ」
 派手な司教服の男は、あまり背は高くなかったが、横幅は結構あり、それを不機嫌そうにゆすりながら、そう言い、教会の奥へと消えて行った。
 あれはきっと、コーション司教ね。悪そうな外見だもの。
 それを目の端で見送るシモーヌは、手を動かしながらも心の中でそう呟き、その姿を脳裏に焼き付けたのだった。やがて、対するであろう者の姿として。

「ピエール・コーションか。その名ならば、私の耳にも入っておる」
 それから数週間後、身綺麗なドレス姿に戻ったシモーヌに、アルテュール・ド・リッシモンはそう言い、頷いた。
 場所は、緑の美しい庭に囲まれたリッシモン邸ではなく、辺境の砦の部屋の中だったが、蝋燭の炎に照らされた二人の顔は輝き、とても美しかった。
「確か、ランスで陛下が戴冠された後、乙女がパリを目指した時にボーヴェーからいち早く逃げ出した司教だとか。まぁ、その前からブルゴーニュ派で、陛下が王位継承権を剥奪されたトロワ協定の立役者でもあったらしいから、当然といえば当然だが」
「まぁ、そんな時から動いていた方なのですか!」
「ああ。元はランスの出身だというのに、皮肉なことだ」
 アルテュールはそう言うと、苦笑した。
「ランスの……」
 そう呟くように地名を繰り返すシモーヌの表情も暗くなった。