「三人のジャンヌ、ですか?」
 オルレアンの乙女、ジャンヌ・ダルクを捕えたのは、ブルゴーニュ公フィリップの配下、ジャン・ド・リュクサンブールの副官で、「ヴァンドンヌの私生児」と呼ばれる男だった。
 そして、六月には既にその上官のジャン・ド・リュクサンブールの居城、ボールヴォワール城に移送されたのだった。
それに伴い、シモーヌも再び修道女姿で城内に潜入したのだが、そこでジャンヌ・ダルクの他に三人「ジャンヌ」という名の女性がいて、彼女達がジャンヌ・ダルクの世話をしていると聞いたのだった。
「ジャンヌという名はよくあるなだと思っていましたが、まさか三人も集まって乙女を守っているとは……。
 シモーヌが目を丸くしながらそう言うと、彼女にその情報をくれたシスター・マルグリットは頷きながら胸の前で十字を切った。
「これもきっと、神のお導きなのですよ。その三人の女性達はイギリス側だというのに、乙女を荒くれ者の男達から守っているそうですし」
「それは、何よりです」
 シモーヌはそう言うと、シスター・マルグリットと同じように胸の前で十字を切った。
 元はといえば、彼女にそういう十字の切り方等を教え、英語やドイツ語、ラテン語等の知識を教えたのも、リッシモン邸近くの修道院にいたマルグリットという修道女だった。
 今では義理の母となったマルグリットと同じ名というのも運命のような気がしたが、それを口にすると「あなたも神の道に進みなさい。それこそが神の御意志なのです」と諭されそうな気がして、それは言えずにいたが。
「ご無事でおられるとのこと。本当に安堵致しました。後は、どうやってお救いするか、だけですね」
 シモーヌが小声でそう言うと、シスター・マルグリットは困った表情になった。
「それが、そう簡単にはいきそうにないのです。乙女は、怪我をされたようですので……」
「怪我?」
 シモーヌが目を丸くすると、シスター・マルグリットは声を落とすようにと唇に指を当て、耳元で囁いた。
「コンピエーニュが陥落しそうだとの噂をお聞きになり、牢から逃げようとされたらしいのです」
「どうやって?」
「シーツをつなぎ合わせ、窓から飛び降りたとか」
「まぁ!」
 思わず声を上げてしまてから、シモーヌは周囲を見回しながら胸の前で再び十字を切った。
 幸い、教会内でお祈りをしている者も少なく、しかもシスター同士の話には入ってはいけないと思っているのか、誰も二人を見咎める者はいなかった。
 それを確認すると、シモーヌはシスターに小声で尋ねた。
「それでは、骨が折れたりしたのですね?」
「そこまで酷くはないようですが、捻ったりはされたようです。あとは、打撲を何箇所もされて、気を失われたとか」
「!」
 シモーヌは驚きの余り、思わず声を出しそうになったが、手で自分の口を覆い、何とか声は出ずに済んだのだった。
 ……あのドン・レミの素朴な少女が、人々の為にそこまで出来るようになるなんて、矢張り神に選ばれると、強くなれるのかしら?
 ドン・レミで出会った頃の読み書きもろくに出来ない、素朴な少女の姿を思い出しながらシモーヌはそう心の仲で呟くと、シスター・マルグリットの方を向いた。