「大丈夫です。この涙は悲しみや後悔のものではありませんから」
「そう? なら、いいのだけど……」
「乙女のことも、お任せ下さい」
 シモーヌはそう言うと、自分からマルグリットの手をギュッと握った。
「ただ、父上と歩調を合わせねばなりません。陛下は父上のことを嫌っておられるようですし……」
「本当にあのシャルルは、陰険で、根暗で、嫌になるわ!」
「は、母上?」
 いつにないマルグリットの暴言に、シモーヌが思わず目を丸くすると、ムッとした表情のまま、彼女は続けた。
「だって、そうでしょう? フランス、いえ、陛下の御為に尽力したアルテュールは左遷されたままだし、フランスを必死で守ってきた乙女は、敵に捕らえられても無視よ? 一体、どこの国の王のつもりなのか、聞いてみたい位だわ!」
「そ、それは確かにそうなのですが、あまり此処以外でそんなことはおっしゃらないで下さいね?」
 シモーヌとて、内心ではシャルル七世に対して憤りは覚えていたものの、普段あまり感情を表に出さないマルグリットの様子に驚き、苦笑しながらそう言うのが精一杯だった。
「アルテュールが危ないからでしょう? 分かっているわ。分かっているけどね、こうも続くと、どうしても……」
 そう言いかけると、彼女は咳き込んだ。
「母上!」
 思わずシモーヌが駆け寄り、背中をさすると、彼女は青い顔のまま、手で制した。
「大丈夫よ。今日は調子がいいと思って、言いたいことを言い過ぎたみたい」
「大丈夫ですか? 横になられた方が……」
「そうね。貴女も調子が戻ってきたようだもの。休んでも大丈夫ね」
 そう言いながら微笑むマルグリットに、シモーヌは目を丸くした。
「母上……?」
「母娘(おやこ)にしては年が近かろうが、私は既に貴女の母の気持ちでいるの。だから、本音を言うと、乙女より貴女の方が大事で、乙女を名を出せば、いつもの貴女に戻ってくれるかもしれないって思っていたのよ。それが当たったようで、良かったわ」
「母上……」
 そう言いながらマルグリットに、シモーヌは抱き着いた。
「だから、お願い。これから乙女の為に動く時にも無茶はしないで。貴女は、亡くなったバートさんの分も生きなきゃいけないのだから」
「はい。心しておきます」
 涙を流しながらも、シモーヌはそう言うと、大きく頷いたのだった。