「オルレアンの乙女、だと? そんな奴を中に入れるわけにはいかん! すぐに門を閉じろ!」
 ジャンヌとピエールの心配通り、ブルゴーニュ派で、ジャンヌを快く思っていなかったコンピエーニュの守備隊長ギヨーム・ド・フラヴィーはそう顔をしかめると、そう命令した。
「しかし、隊長、もう手遅れです! 市民達が既に門を開けてしまいましたので」
「何だと!」
 そう叫ぶと、日焼けした黒髪の男は、目を吊り上げた。
「チッ! これだから、馬鹿な市民共は役に立たぬというのだ! いつもいつも、わしの出世の邪魔ばかりしおって!」
 そう言うと、彼は近くにあった棒で城壁を叩いた。
「ですが隊長、乙女を中に入れたのは、良いことではないのですか?」
 報告に来た若い男がそう言うと、ギヨームは彼をジロリと睨んだ後で、ニヤリとした。
「フン、そうだな。物は考えよう。その乙女とやらがここにいるということは、わしがそいつを始末出来るということだからな」
 その言葉に、若い男は戸惑いの表情を見せたが、ギヨームはもうそんな彼のことなど見もせずに続けた。
「フフン。まぁ、しばらくは泳がせておいてやろう。その機会が来るまでは、な」
 そして再びニヤリとすると、スタスタとむこうに歩いて行ったのだった。
「そんな……。乙女を『始末する』だなんて……。乙女は、フランスの為に命がけで戦っているとうのに……」
 先程の若い男アランは苦悩に顔を歪ませながらそう呟くと、周囲を見回した。
 城壁の上には、彼の他にも数名の兵士がいたが、どの男も顔をしかめ、城壁の中の広場であがる歓声の方角を見ていた。
 やっぱり、乙女側の方が多いじゃないか。まぁ、包囲されてるんだから、当然だろうけどな。
 アランは心の中でそう呟くと、密かに乙女の為に動こうと心に決めたのだった。
そんなことを知らないジャンヌは、五月二四日の早朝、出陣の準備をした。
 昨日、コンピエーニュに入城したばかりだというのに、こんな朝早く出陣するとは思っていないだろうから、そこを突いて、ブルゴーニュ派が北側に築いたばかりの要塞を奪おうという計画だった。
 その思惑は、かなりいい線までいった。午後には、その要塞が落ちるだろうと思われるところまでいったので。
 が、残念ながら、その時、敵に他の部隊が駆け付けてしまった。
「挟撃される危険は冒せないわ。コンピエーニュまで戻りましょう!」
 その敵の応援の知らせを聞いて、ジャンヌはそう言い、退却を決めた。
 今までは、あの山賊退治の時でさえ、彼女の他にダルブル卿がいた。だが、今回は二百人程の傭兵を連れているとはいえ、指揮官は彼女ただ一人だった。だから、退却を決めたというのが本音だった。
 そして、悲しいかな、それがあだとなったのだった――。