「足を引っ張るって、まさかこの程度のことで、ですか? あの子は、赤ん坊を助けてあげれなかったと後悔し、自分を責め、毎朝あの子の為に祈ってるんですよ!」
「そうでしょうね……。ですが、それはブルゴーニュ派には通用しないと思うのです。魔女だと言われるきっかけを与えてしまったんですから……」
「魔女……? 誰も治せもしない、あの子が、ですか?」
「そういうものなのです。権力欲に囚われた者には、人の善意による行動でさえも、相手を追い落とすいい手段にしか見えないのです。私の兄だって、何度つまらないでっちあげで追われたことか……」
 そう言って溜息をついてから、彼女はハッとして口を押えた。
「違うわ。もう父上だったわね」
 そう呟く彼女に、ピエールは目を丸くした。
「シモーヌ様……?」
「あ、いえ、こっちのことです」
 そう言って彼女が作り笑いを浮かべると、ピエールも作り笑いを浮かべた。
「はぁ……。シモーヌ様も色々大変なのですね」
「まぁ、貴族というものは、体面や体裁というものにこだわりますから……」
 苦笑しながらそう言ってから、彼女は気付いた。
「あら、そういえば、貴方も貴族になられたのではありませんか?」
「名前だけですよ」
 そう言うと、今度はピエールが苦笑した。
「それ位の方がいいですよ。下手に領地や地位があっても大変ですから」
「そうですね。村の税も免除してもらえましたので、それだけでも良かったというべきでしょうね」
 そう言うと、ピエールはやっと心底嬉しそうに微笑んで見せた。
「それは何よりです」
 そんな彼の表情を見て、ほっとしたようにシモーヌも微笑み返す。
「ええ。あとは、あの子が長生きしてくれれば、いうことはないのですが……」
 ピエールはそう言うと、溜息をついた。
 先日、彼からジャンヌ殉教のお告げの話を聞いたシモーヌは、そんな彼の肩にそっと手を置いた。
「大丈夫ですよ。乙女のことは、私達がお守りしますから」
「そ、そうですよね。バルテルミさんも親身になって傭兵隊を率いて下さってますし、大丈夫ですよね?」
「ええ、きっと。彼は、傭兵の生活が長いですし……」
 そう言いながらシモーヌは視線を逸らした。