「お願いです、乙女! どうか、私の赤ちゃんに会って下さい! そして、そのお力で、あの子をお助け下さい!」
 神の声を聞き、敵に包囲されていたオルレアンの町を解放した、あの乙女が来ると聞き、一人の母親がその足元に、転がるように駆け寄って叫んだ。
「お立ち下さい」
 そう言いながらジャンヌがその母親の手を取って立たせると、彼女は泣きながら頼んだ。
「どうかどうか、うちに来て、あの子を見てやって下さい! 息子はこの三日間、死んだように動かないのです!」
「私には医術の知識も何もありませんので、何も出来ませんが……」
「構いません! 貴女様においで頂き、見て頂けるだけで、あの子も幸せだと思いますから……」
「そうですか……。分かりました。祈ることしか出来ませんが、お伺いします」
 ジャンヌがそういうと、母親は何度も泣きながら何度も頭を下げた。
 
 やがて彼女がその母親の家に行くと、質素なその家の奥で、黒い顔をして動かなかった赤ん坊があくびをした。
「おお、神よ! 我が家にこのお方をお遣わし下さったことを心より感謝致します!」
 ――結局、その赤ん坊はそれから数日後に亡くなってしまったのだが、亡くなる前に洗礼は受けられたので、母親は本当に彼女に感謝したという。
 ジャンヌの短い生涯の中で、本当に「奇跡」と呼ばれるものは、後にも先にも、これ一度きりだった。
「そうですか。そんなことがあったのですか……」
 修道女の格好で、他の本物の修道女達と物資の荷運び等を手伝っていたシモーヌは、そう言うと溜息をついた。
「マズかったでしょうか?」
 先の唯一ジャンヌの奇跡ともいえる、ラニーでの赤ん坊のことを告げたジャンヌの兄ピエールは、そんな彼女の態度に、心配そうにそう尋ねた。
「今はそれでいいと思うのですが、後々足を引っ張られることになるのでは、と心配してしまったもので……。すみません」
 シモーヌが作り笑いを浮かべると、ピエールは目を大きく見開いた。