「リッシモン元帥閣下程ではありませんよ」
「兄はまだ元帥の地位を追われたままですので、そんなに気を遣わないで下さい」
「ですが、私のことをいつも気にかけて下さってますから……。それこそ、陛下よりも」
 ジャンヌのその言葉に、シモーヌは思わず笑みを浮かべた。
「急に素直になられましたね?」
「相手がシモーヌ様ですし、それにあのコンピエーニュの町の人々からの救援要請の手紙を思い出したら……」
 そう言うと、彼女はギュッと手綱を握りしめた。
「オルレアン経由で届いたということは、今はもうかなり切羽詰まった状態だと思います。急ぎませんと!」
「ええ!」
 ジャンヌはそういうと、手綱をギュッと握りしめ、前を見詰めた。
 足で一瞬、馬の腹を蹴り、駆け足にもしかけたが、すぐに歩兵が多いことを思い出し、立ち止まった。
 今までなら、ジャン・ド・デュノワやアランソン公達の部隊も行動を共にしていたので、彼女が馬を走らせても、ある程度の人数がついてきたが、今回は彼女が個人的に雇った、バルテルミ・バレッタ率いる傭兵部隊のみ。彼女について来れるのは、馬に乗ったシモーヌやバルテルミ等数人だけだった。
「乙女……」
 再び困った表情になったジャンヌを見て、シモーヌが傍に寄り、同情するような表情を見せると、彼女は作り笑いを浮かべた。
「大丈夫です。私なら、大丈夫です。事実を受け入れること位、出来ます」
「陛下のことも、ですか?」
 その言葉に、思わずピクリとするジャンヌ。
「矢張り、私は裏切られたのでしょうね……」
 小さめの声でそう言うジャンヌをシモーヌは大きく目を見開いて見詰めた。
「乙女……」
「お告げでもそう告げられたことがありますし、今の状況はどう冷静に見ても、そうとしか……。こんなに早く、こういうことになってしまうのは、悲しいですが……」
 そう言うと、ジャンヌはむこうを向いた。だから、ちゃんとは見えなかったが、一瞬光るものが彼女の頬をつたって落ちたような気がした。
「乙女、何があっても、傍にいますから……。私達が必ず、お守りしますから!」
 シモーヌが手を伸ばし、彼女の腕に手を添えてそう言うと、ジャンヌは彼女を見た。少し赤い目で。
「ありがとうございます。でも、どうか、ご無理はなさらないで下さいね」
『貴女こそ……』
 そんな言葉が喉元まで出かかったが、声にはならなかった。たとえどんな運命が待ち受けていようとも、真っ直ぐその道を歩いて行くのが分かったので。
 
 コンピエーニュを目指したジャンヌ達は、ムランに行った後で、ラニーに立ち寄った。
 そこには、感動的なエピソードが残っている。それは――