「ブルゴーニュ公からの返事はまだか?」
 堀の水面に浮かぶ二つの塔が印象的なリュリーシュール・ロワール城。その一番贅沢な客間で、シャルルは少し苛立ちながらラ・トレムイユにそう尋ねた。

「まだにございます、陛下」
「本当に余の手紙は届いておるのか?」
「はい、それは確かでございます」
「では、何故、あの休戦協定以来、何も言ってこぬのだ? よもや、余を裏切るつもりではあるまいな?」
「滅相もありません!」
 口ではそう言いながらも、ラ・トレムイユの視線は左右に泳いでいた。ブルゴーニュ派にいる弟から、公がシャルル七世の領地を狙っているという報告が来ていたのだが、それをそのまま告げてしまうと、シャルルが荒れるだけだと分かっていたので。
 それだけではない。現在のラ・トレムイユはリッシモンだけでなく、民衆の支持を得ているジャンヌ・ダルクの存在が邪魔になってきていた。だから、彼女を追い落とす為にも、もう少しシャルルにブルゴーニュ派との蜜月が続いていると信じてもらっている方が良かったのである。すぐに、その幻想が破られると分かっていても。
「フフン、大丈夫だ。余がそなたの忠義を疑ったことは無い。これからもそうであるようにな!」
 シャルルのその言葉に、ラ・トレムイユはただただ、深々と頭を下げた。

 ――しかし、事態はそううまく動かなかった。まだ寒さが少し残る四月、ブルゴーニュ公は兵をオアーズ河沿いに北上させ、シャルル七世の領地を奪っていったのだった。
「よりにもよって、余の領地を奪うとは、許せぬ!」
 年老いた侍従の報告に、シャルルは顔を真っ赤にしながらそう叫んだ。
「ラ・トレムイユはどうした! どこにおる!」
 王家の紋章が描かれた印をドンと机にぶつけると、縮こまった彼が床を見ながら中に入って来た。
「これはどういうことだ、ラ・トレムイユ! 休戦協定はどうなったのだ!」
「反故(ほご)になったようでございます……」
「そのようなこと、お前に言われずとも、分かっておる! 余が聞いておるのは、お前は知っておったのか、ということだ!」
「それがその……」
 ラ・トレムイユはそう言いかけると、チラリとシャルルを見た。