「まぁ、それだけリッシモン家を大事にお考え下さっていらっしゃるのでしょう、陛下も」
「いや、お前が女だから御しやすいと思われたのだろう。嫁ぎ先を自分の息のかかった者にしておけば、簡単にとりこめる、とな」
 アルテュールのその言葉に、シモーヌは苦笑した。
「まぁ、随分簡単な女だと思われたのですね、私も」
「若いからな」
 アルテュールがそう言って微笑むと、シモーヌも微笑んだ。
「では、その若さを使って参りますわ」
 そう言うと、彼女はクルリとむこうを向き、扉の方に歩いて行った。
「待て! 陛下の所に乗り込む気か?」
「まさか! まずは、乙女の様子を見て来ようと思っただけですわ」
「そうか。ならいいが……クリスマスには戻って、あいつに顔を見せてやれよ」
「はい。私の母上になって下さるのですものね」
 シモーヌは頷きながらそう言うと、その部屋を後にした。
「閣下、私はどう致しましょうか? お嬢様の後を……」
 ヨウジイが心配そうにシモーヌの出て行ったばかりの扉を見ると、アルテュールは苦笑しながら首を横に振った。
「いや、陛下とブルゴーニュ派の動きを探ってくれ。そっちの方が重要だ」
「はっ!」
 ヨウジイは短くそう返事をすると、一礼してその場を後にした。
「このまま何事も無く過ぎてくれればよいのだが……」
 一人、その部屋に残ったアルテュールは、机の上の書類を見ながら独りそう呟くと、溜息をついた。
アルテジュール・ド・リッシモンの願った通り、その一四二九年の冬は何事も無いどころか、ジャンヌの両親や兄弟に貴族の称号が与えられ、翌年の一月にはオルレアンでの祝宴にも招かれた。
 オルレアンはジャンヌ・ダルクによって解放された町で、未だに彼女を称える声が大多数だったが、貴族の爵位の突然の授与というのは、気にかかった。突然彼女を優遇するというのは、何かあるような気がして。

 現在も残る授爵証書には、父方だけでなく母方にも貴族の爵位が適用され、一七八九年のフランス革命まで、ドンレミ村は税の免除も適用された、と記されている。

 そこまで未来のことは分からなくても、オルレアンでの祝宴の後、その南東のシュリー・シュール・ロワール城で冬を越していたジャンヌの所に、シャルル七世がやって来た。直接会いに行ったわけではなく、たまたまそこで冬を過ごしただけのようだったが、あんなにパリやランスに入城しようという時には腰を上げなかった彼が、わざわざ彼女のいる所にやって来るというのも、奇妙な気がした。
「何かあるやもしれんな……。もっと監視をせねば……」
 シュリー・シュール・ロワール城から少し離れた砦でヨウジイからの報告を受けたアルテュールは、雪景色を窓から見ながらそう呟いた。