「そのお話、義姉上もご承知なのですか?」
「あやつはまだ体調が安定しておらぬゆえ、子供は無理だ。だから、お前を正式に養女とすることに関しては異論は無いと申しておった」
「そうですか……」
 そう言いながら、シモーヌは少し前に兄嫁のマルグリッドに言われた言葉を思い出した。
『今を思う存分、楽しんで欲しい……』
『貴女は行きなさい。好きな男性(ひと)がいるんでしょう?』
 顔色が悪く、頬も少しこけ、いつもショールを肩にけているマルグリッドの、優しそうだが元気の無い微笑みを思い出すと、胸が痛んだ。
「義姉上のご病状は良くならないのですか?」
「まぁな……。多分、前の夫殿のこともあって、そう簡単に良くはならんのだろう」
 そう言いながら、無意識のうちに視線を逸らすアルテュールをを見て、シモーヌは溜息をついた。
 彼女から見れば、幼馴染から夫婦になった兄達は、ちゃんと相思相愛に見えたのだが、妻のマルグリッドの方がアルテュールに嫁ぐ前に一度結婚していたので、その結婚の期間が短くても、素直になるのが難しいようだった。
 一度など、はっきりシモーヌが「夫婦にまでなったんだし、お互いのことを大事にしているのに……」と言ったこともあるのだが、アルテュールに「子供のくせに、生意気だ!」と叱られ、それからは何も言えなくなっていた。バートと夜を過ごした現在でも。
「そんなことより、お前はそろそろ『父上』と呼ぶようにしなさい」
 黙って自分を見ているシモーヌの気持ちに気付いたのか、アルテュールはいつもの調子でそう言った。
「もう…ですか?」
「そろそろそう呼ぶ練習はしておくべきだろう。いつ縁談の相手の所に行かねばならなくなるか、分からんのだからな」
「ならば、もう少しお相手の方がどういう方なのか、教えて頂けますか?」
「それがだな……貴族の一員というのは分かっておるのだが……その……詳しいことは……」
 困った表情でそう言うアルテュールに、シモーヌは尋ねた。
「ひょっとして、まだイギリス軍に捕まっていて、釈放されてないのですか?」
「そういう御方いるようだ」
「『も』? まさか、何人もいるというこですか?」
 流石にシモーヌが声を大きくして聞き返すと、益々アルテュールは困った表情になった。
「そうなのだ。一人ではないらしく、お前が正式に私の後継者になってから選べ、との仰せなのだ」
「何とまぁ!」
 彼女が目を丸くしてそう言うと、傍にいたヨウジイも苦笑した。